もうひとつの花祭り

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奥三河の花祭り

「花祭り」というのは「花」と「祭り」という非常に一般的な名詞の結合でできていますので、この灌仏会以外にも「花祭り」は存在します。

その中で最も有名なのがこの奥三河の天竜川流域に伝わる花祭りでしょう。

「花祭り」は霜月の行事ですが、新暦に切り替えられてからは12月にやる所と1月にやる所に分かれました。しかし1月にやる所ではその後に来る旧正月を盛大に祝いますので、結局は年末の行事ということになります。

「花」というのは「花の山」すなわち極楽浄土へ行ける因縁を祈願することから来たのではないかと思われます。冬ですから現実の花があるわけではありませんが、祭りのクライマックスではみんなが「花の御串」を持って歩きます。

祭りは基本的に言えば、お神楽のような感じですが、本格的にその場所を浄化した上で神降ろしを行い、夜通し舞いを舞って、最後はきちんと神上げをするしっかりした祭事です。祭りの内容については早川孝太郎「花祭」(岩崎美術社)に詳しいので、それを参照なさるとよいでしょう。この早川氏がこの祭りに魅せられてこの本を書いたのが昭和の初期ですが、その時でも既に後継者難が問題になっていたようです。その後戦争で若い人がずいぶん取られ、戦後の経済成長期には沢山の若者がまた都会へ流出したものと思われますので、現状がどうなっているかちょっと心配です。

一部にはこの行事は修験道系の行事ではないか、とも言われているのですが、早川氏の本を読んで感じたこととしては、修験道系のものは後から混入しただけで、むしろシャーマニズム系のもののように思いました。

早川氏の本はこういう疑問から始まります。

天竜川というのは不思議な川である。どこかに「天竜」という地名があるわけでもなく、また諏訪湖から浜松までいくつもの国を通って流れているのに、 どこの区域でも同じ「天竜川」という名前で呼ばれている。昔は今のように 川を衛星写真等で見て「竜のようだ」と言った訳でもないであろうに。


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