神無月特集(7) 大国主神と少彦名神の国造り

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さて、大国主神(おおくにぬしのかみ)が美保関におられた時、海の向こう からカガイモの葉で作った船に乗ってやってきた小さな神様がいました。

これは少彦名神(すくなひこなのかみ)といって神産巣日神の子供でした。神 産巣日神に申し上げると、「あなたの弟と思って、一緒に国作りに精を出し てください」とのことでしたので、このあと、大国主神は少彦名神と一緒に 日本中を巡って、国土開発につとめました。その際のエピソードのひとつは 播磨国風土記にも出てきます。(有名な話ですがここに書くのは、ちょっと 遠慮しておきましょう ^^; お食事中の方がいてはいけませんし)

なおこの2柱の神は全国の古い温泉の発見者として伝承されており、愛媛県 の道後温泉、出雲の玉造温泉、神奈川県の箱根温泉では大国主神をだいこく 様、少彦名神をえびす様として「えびす・だいこく」としてお祭りしています。

少彦名神が小さな船に乗ってやってきたという話は後に、おわんの船に箸の 櫂で川を下る、一寸法師の話の原型になったといわれています。また少彦名 神は最初出雲にやってきた時に、言葉がしゃべれなくて、山田というところ のたんぼのかかしが名前を教えてくれたのですが、のちにこの話はこんがら がって、かかし自身が少彦名神であるという伝承になり、少彦名神は農業神 であるという考え方が出てきています。

また、少彦名神は薬草の知識が豊富であったとされ、そのことから少彦名神 を、婦人病に霊験あらたかなことで知られる淡島様と見る考え方も成立して います。

さて、この2柱の神による国土作りが一段落した時、少彦名神は自分のする べき事は終わったと考えられたのか、粟島に行き、粟の茎によじのぼって、 茎の弾力でポーンと跳ねて常世の国に去っていきました。 (粟島と淡島が 同音であることが少彦名神=淡島様の根拠のひとつとされている)

少彦名神が去ってしまうと、大国主神は、このあと私は誰と一緒に国土開発 をすればいいんだろうと悩んでいました。その時、海の向こうから光輝いて やってくる神様がいました。そして大国主神の国土開発への協力を申し出ま す。大国主神が、その神に名前を尋ねると「私はお前の幸魂奇魂(さきみた ま・くしみたま)だ」とお答えになりました。そして大和国の三輪山に自分 を祭るようおっしゃいました。

これが三輪の大物主神です。



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