神無月特集(13) 一言主神(ひとことぬしのかみ)

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一言主神に関する記述は、古事記・日本書紀の神代にはありません。

初見は、雄略天皇4年で、雄略天皇が葛城山に狩りをしに行ったとき、自分 たちの一行とそっくりの一行に出くわします。その時、雄略天皇が名を問うと

『吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり』

とおっしゃいました。

そこで、古事記によると天皇は恐れ入り、自分たちの着ていた服を全部差し 上げて、拝礼したといいます。

これが日本書紀の場合は天皇と一言主神はいっしょに狩りをして楽しんだと いうことになっています。

そして、なんとこれが続日本紀巻25になると、この時一言主神は天皇と獲物 を争ったため、天皇の怒りに触れて、土佐(^^)に流されてしまった、と書か れています。

古事記(712)・日本書紀(720)・続日本紀(797)と時代がたつにつれ、この一言 主神を祭っていた賀茂系一族の地位が著しく低下したのでしょう。

更にはもっとひどい話もあります。

これはもう少し時代が下がって日本霊異記(822)になると、この一言主神が役 行者(えんのぎょうじゃ,この人も賀茂系の人)に使役され、不満を持ったた め、役行者が天皇を陥れようとしていると讒言。このため、役行者は伊豆(!) に流されたというのです。

とんでもないことになってきた訳ですが、元々はこの神は事代主神(ふふふ^^;) と同様に託宣を司る神と考えられます。

その出自や実体は謎に包まれていますが、一部の文献には、素戔嗚神の子で あると書かれているようです。今根拠を調査中です。しばらくお待ち下さい。
また、この神については賀茂(^^)関連で、少し面白いことになっているよう です。この件に関しては、今文章をまとめている最中ですので、もうしばら くお待ちください。



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