呉服の日(5.29)

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呉服の日(5.29)

5月29日は語呂合わせで「呉服の日」です。

「呉服」というのは語源的には「呉織」で作られた服という意味で、「呉織」とはその名の通り中国の呉の国から伝わった製法で作った織物という意味です。

「呉織」は訓読みして「くれはとり」とも読みますが(「ハトリはハタオリの音便)、綾模様のある絹織物を指します。しかし後世には一般に絹織物で作った服を全て「呉服」と呼ぶようになりました。(綿や麻の和服は「太物」)

現代では若い人はお茶・お花・踊りの稽古の時やお呼ばれ、パーティーの時など特別な時しか着ない呉服ですが、そもそもそんなに古い歴史がある訳ではありません。現在着られているような形の着物はせいぜい江戸時代からです。

その呉服の中でも代表格といえるのが友禅ですが、これは京都の京友禅と金沢の加賀友禅に分かれます。これはどちらも同じ人物、宮崎友禅斎が興したもので、だいたい元禄年間(1688-1704)に京都で京友禅を始め、正徳2年(1712)に前田家に招かれて加賀に移り、ここで加賀友禅を始めました。

友禅は糊置きの技法により色が散ったり混ざったりしないようにして多彩な柄を表現するもので、基本的な技法は江戸初期からあったらしいのですが友禅斎がその技法を完成したことから彼の名前が残されています。

戦後1代で「鈴乃屋」を育て上げた小泉清子(1918-)さんはようやく店が軌道に乗ってきた1951年1月、店に泥棒が入り反物を全て盗まれてしまうという災難に遭いました。

途方に暮れて上野公園をふらふら歩いていた小泉さんの目に観光閣という大きな料亭の看板が飛び込んで来ました。その時「あそこの大広間を借りて呉服の展示即売会をやろう」というアイデアがひらめきました。

料亭を熱意で説き伏せ、メーカーに事情を話して反物を貸してもらい、大量に案内状を送って、開いた展示会は大成功。小泉さんはこれで泥棒の被害を何とか取り戻すことができました。

今までは、店に来てくれた客に着物を勧めるという待ちの商売であった呉服屋という商売に、攻めの商法を導入した、記念すべき最初の展示会でした。この事件があったからこそ今の鈴乃屋があるのでしょう。


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