公認会計士の日(7.6)

↑

1948年(昭和23)7月6日「公認会計士法」が制定されました。

経理関係の話に疎い方は、公認会計士も税理士もごっちゃかも知れませんがその付近に少しだけ知識のある人たちの間での一般的な俗なランキングでは、公認会計士は弁護士と並ぶ難資格で雇うのも高い。税理士は司法書士程度?で比較的安く頼める。しかし書類を公認会計士が作っていれば信用されるが、税理士ではあまり信用してもらえない、。。。。といった感覚で捉えている人が多いようです。

実際には税理士が担当するのは税金の申告に関する相談や申告書類の作成代行までであって、公認会計士が担当するのは、企業の経理の監査や助言、財務計画の立案などの企業のコアな部分に関与した仕事になります。両者は本来、かなり違う傾向の職務なのですが、概して一般的な感覚ではごっちゃです。実際問題として、自分の会社には経理ができるスタッフが全然おらず大量の領収書の山を段ボールに入れて渡して、公認会計士側でひたすらその伝票起こしからやっている、などという状況の小企業は多数あります。こうなるとある意味不正経理などあり得ませんが。。。

公認会計士の本来の業務は企業の経理が適正に行われているかをチェックすることにあります。日本では1908年(明治41)に日糖事件という巨大疑獄事件が起きて、国会議員を含む多数の逮捕者が出て不正経理が問題になったのを機に、会計士制度の設置をもとめる声が強まり、国会にも法案が提出されましたが、時期尚早との声も保守派の中に強く、法案は何度も修正して提案しなおされたものの、どうしても国会を通すことができませんでした。

国会のふがいない姿勢に苛立った経済界では1921年に自主的に社団法人日本会計士会を設立し、専門学校できちんとした経理を学んだ人に資格を与えて企業経理の監査の必要性を世に訴えていきました。しかし当時は会計士は国家資格ではありませんでしたから権威も弱く、またこのような監査を嫌う企業も多数ありました。

しかし終戦後、日本に外国の投資家が多数入ってくるようになると、きちんとした監査が行われていない企業は信頼できないという声が外国から強まり日本の国会はこの外圧によってやっと重い腰をあげて、1948年公認会計士法の制定にたどりついたものです。

日本の公認会計士制度は基本的には欧米の制度をまねています。この資格を取るのはひじょうにたいへんで、大学の教養課程程度を終了していれば一次試験は免除されますが、二次試験の短文式をパスして論文式を受けられ、論文式をパスしてやっと会計士補の資格がとれます。それで会計士事務所に勤めて実務経験を積んでから、やっと三次試験を受けて公認会計士になれるという仕組みになっています。

公認会計士が5人以上集まって設立する法人を監査法人といいます。監査法人を構成する個々の会計士を社員といいます。大きな監査法人の代表社員ともなれば、その発言は大企業の社長以上に注目されます。

監査法人というのは1965年の山陽特殊製鋼の倒産をはじめとする高度経済成長期の初期の様々な危機に対応して大企業の監査は個人では無理であるとして、大企業の監査をするために1967年に設けられた制度です。監査法人は企業活動の活発化にあわせて巨大企業の監査ができるようにみずから合併によって巨大化する傾向があり、一時は1000個ほどといわれた日本の監査法人は現在150ほどにまとまっています。特に日本の大きな企業は現在、次の四大監査法人のどれかに監査を依頼するのが普通になっています。

 監査法人トーマツ 中央青山監査法人 新日本監査法人 あずさ監査法人

アメリカのエンロンの不正経理問題は公認会計士の世界にも大きな衝撃波となって伝わりました。企業が倒産した場合に株主は有限責任ですが、不正な経理を見逃していた場合に、公認会計士は無限責任となります。あのような巨大な不正に関わってしまった会計士は単に会計士の資格を失うだけでは済まないのです。

このためエンロン事件以降、日本国内でも監査は厳しくおこなわれる傾向が強まり、これまではある程度企業側の圧力に負けて不適切な経理処理を敢えて見ぬふりをしてきた監査法人側も強行にそのような処理に反対するようになってきました。りそな銀行の経営破綻や最近のUFJ銀行の置かれた状況にもこのような背景があります。


(2004-07-06)

↑ Dropped down from 今日は何の日.
(C)copyright ffortune.net 1995-2016 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから