原子力の日(10.26)

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原子力の日(10.26)

10月26日は原子力の日です。これは1963年10月26日東海村日本原子力研究所の動力試験炉が日本初の発電に成功したことを記念して定められたものです。またそれに先立つ1956年10月26日は日本が国際原子力機関に加盟した日でもあります。

ここで日本の原子力開発の歩みを見てみましょう。

1955.11.30日本原子力研究所(原研)設立(1956.6.15特殊法人になる)1956.01.01政府内に原子力委員会設置。1956.08.10原子燃料公社発足。1956.10.26★日本が国際原子力機関に加盟。1957.11.01電力会社が共同で日本原子力発電株式会社設立。1963.10.26★原研が日本初の原子力発電に成功。(沸騰水型軽水炉)1964.02.19原子力委員会が高速増殖炉開発懇談会を設置。1966.09.01日本原子力発電が黒鉛型原子炉で営業運転開始。1967.10.02動力炉核燃料開発事業団(動燃)が発足し、原子燃料公社を吸収。1969.06.12原子力船「むつ」進水。1970.04.08動燃の大洗工学センター開所。翌月から高速増殖実験炉「常陽」 建設開始。1974.09.01「むつ」、出力試験中に放射能漏れを起こし反対運動で帰港できず。1977.04.24「常陽」臨界。1978.03.20新型転換炉「ふげん」臨界。(1979.03.20運転開始)1994.04.05高速増殖炉「もんじゅ」臨界。(1995.08.29初発電)1994.02.14 9:30「むつ」の実験終了を宣言。(その後原子炉を外して海洋観 測研究船「みらい」として1996.08.21進水)1995.12.08 19:47 「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故。1997.03.11 20:14 東海村の動燃再処理工場で爆発事故。放射能が洩れる。1997.04.14 5:33 「ふげん」放射性トリチウムが洩れる事故。1997.06.13「ふげん」を3年以内に廃炉にする方針であることが明らかになる。 (その後廃炉の時期は2002年に変更)1998.05.13動燃を新特殊法人「核燃料サイクル開発機構」に改組する改正動燃 法が国会で成立。(10.01発足)1999.09.14英国核燃料会社のMOX核燃料データ改竄事件が発覚1999.09.30東海村のJCOで、ずさんな作業による臨界事故。大量の被爆者。

今回起きたJCOの事故に関しては、呆れて物が言えないというしかありません。

原子力に関する教育がまともに行われていないのではないか、とか、教育すると恐がって社員が辞めるから教えてないのでは、などという厳しい意見も出ているようです。

人間の体の仕組みをしらずに外科医ができないのと同様、核を扱う人には徹底的な原子力に関する教育が必要です。

本当は原子力発電などせずに済めばいいのですが、まだまだ太陽光発電などの次世代の発電が実用域に達していません。その開発もできるだけ早くやるべきですが、それまでは原子力発電に頼らざるを得ないのも事実です。

日本の原子力開発は最初独自技術により始められましたが、原子力技術を独占したいアメリカの強い圧力により、独自開発は打ち切られ、アメリカの技術を輸入した軽水炉を中心に利用されて来ました。

その中でわずかに新技術の開発のために運用してきたのが今回事故のあった燃料を使用している常陽や、「ふげん」「もんじゅ」でした。常陽自体は20年以上運用してきていて、その間に大きな事故は一度も起こしていません。日本の技術の高さを証明するような存在ですが、いったんこのリーダー的な技術グループの手を離れると、JCOにしろ動燃にしろ、原子力に関する認識があまりにも弱かったようで、現在の日本の課題は、原子力技術をこういう中間層に浸透させることなのかも知れません。

原子炉の原理はウランやプルトニウムが核分裂を起こした時の熱を取り出して水蒸気を発生させタービンを回して発電するものです。この時核分裂を続行させる為には核分裂した時に飛び出した中性子の速度を落とした上で他のウランやプルトニウムの原子にぶつける必要があるため、速度を落とすための減速材というものが使用されます。この減速材の材料によって、原子炉は黒鉛炉・軽水炉・重水炉に分類され、軽水炉は構造によって加圧水型と沸騰水型に分類されます。

黒鉛炉は初期に開発されたものですが、現在はもう国内では使用されていません。軽水炉はアメリカが強く日本に売り込んで来たもので日本の原子炉のほとんどを占めます。九州電力と四国電力が加圧水型、その他が沸騰水型を使用しています。(*1) 沸騰水型は単純な構造で、減速材として使った水そのものを蒸気に変えタービンを回します。これに対して加圧水型は減速材として使った水は単に熱を持たせるだけで、それに隣接させた蒸気発生器の水が蒸発したものでタービンを回します。当然加圧水型の方が安全度が高いようですが、複雑になる分だけ事故発生率も高くなるという面もあります。(*2)

軽水炉の欠点は減速材として使用した水が中性子を吸収してしまうことで、このためどうしても効率の悪い原子炉になってしまいます。この普通の水の代わりに重水(原子核の重さが通常の水素の倍ある重水素でできた水)を使うとそれを回避することができ、結果的に軽水炉より燃えにくい核燃料でも燃やすことができます。この系列に所属するものが「ふげん」で新型転換炉と呼ばれています。しかし新型転換炉はあくまで過渡的な技術であり、次に述べる高速増殖炉が実用域に達するまでのつなぎに過ぎませんでした。

また、現在「プルサーマル」といって、従来型の原子炉でも燃えにくい燃料をMOXという形に加工して燃やす技術が開発されたため、まさに「ふげん」で開発していた技術は意味のないものになってしまいました。

「もんじゅ」は原子力発電のたどりつくべき姿とされる「高速増殖炉」で、ウラン235やプルトニウムを燃やした結果、核燃料の中に含まれるウラン238が中性子を吸収してプルトニウムに変わり、結果的に燃やした燃料よりも多くの量のプルトニウムが得られるという「夢の原子炉」です。戦後間もない頃から各国で研究されており、その実験炉の「常陽」はもう20年間も運転を続けていますが商業レベルで使える炉として初めて作られた「もんじゅ」は運用開始後わずか4ヶ月で大きな事故を起こしてしまいました。

(天然ウランの中には大量のウラン238と微量のウラン235が含まれている。 核燃料の精製とは、このウラン235の濃度をあげて核分裂が起きるようにす る工程である。通常使いものにならないウラン238が燃料に転換できると、 核燃料調達のコストも飛躍的に小さくなる)

相次ぐ事故に「ふげん」も「もんじゅ」も廃止せよという声も上がりましたが、もう技術的な役割を終えた「ふげん」は廃止が当然です。しかし「もんじゅ」は次世代のエネルギー源が確立するまで日本のエネルギーを支えるためにどうしても必要な技術の開発をしている原子炉です。そして事故の実態を見ると手抜き工事や運用管理の甘さが一番の問題のようです。ここはもう一度安全対策を見直し、しっかりした運用体制を築き直して早く運転再開すべきところでしょう。

「原子力発電所が本当に安全だというのなら皇居の隣に作ったらどうだ」という議論がありますが、ほんとに皇居の中に作ってもいいくらいの安全対策を取るべきです。それとともに少しでも早く次世代のエネルギー源のための技術開発研究を進めるべきでしょう。

「もんじゅ」「ふげん」の命名者はかつて動燃の理事長も務めた清成迪氏ですが、氏は知恵の仏・文殊菩薩や慈悲の仏・普賢菩薩にあやかり、人間の知恵と慈悲の力によって危険で凶暴な原子力をコントロールすることを願いこの名前を付けました。太古の人類が火をコントロールすることによって新しい道を見いだしたことと同じです。清成氏の理想が早く実現することを祈りたい思いです。

-----------------------------(*1)お便りを頂きまして、加圧水型炉は現在、北海道電力・関西電力・四国電力・九州電力・日本原子力発電(敦賀2号機)で使用されているとのことです。

(*2)ここでいう「事故発生率」とは現実の事故の発生頻度を言っているのではなく、あくまで構造からくる理屈上の確率のことです。実際には原子力関係の事故のほとんどは、構造・設計上の問題より、人為的なミスにより発生しています。


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