昭和最初の日(12.25)

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昭和最初の日(12.25)

1926年12月25日、皇太子裕仁親王殿下が践祚して天皇となり、同時に「昭和」の元号がスタートしました。この日は以前は「昭和の日」とも呼ばれていたのですが、「国民の祝日に関する法律」が改訂されて2007年から4月29日が国民の祝日「昭和の日」になることになったので、こちらは昭和最初の日あるいは昭和スタートの日などと呼ぶべきでしょう。

大正天皇(嘉仁)陛下は明治45(1912)年7月30日に明治天皇(睦仁)陛下の崩御を受けて践祚し、天皇となられて、大正15(1926)年12月25日に崩御なされました。昭和天皇(裕仁)陛下は同日践祚なさって天皇となり、昭和64(1989)年1月7日に崩御なされ、即日今上(明仁)陛下が践祚しています。

ここでとても微妙な話なのですが、明治天皇が亡くなったのは1912年7月30日で、大正の元号は同日施行されているので、この日は明治45年7月30日であると同時に大正元年7月30日でもあります。大正天皇が亡くなったのは1926年12月25日で、昭和の元号は同日施行されているので、この日は大正15年12月25日であると同時に昭和元年12月25日でもあります。昭和天皇が亡くなったのは1989年1月7日ですが、平成の元号は混乱を避けるために翌日施行されましたので、1月7日はずっと昭和64年1月7日で、1月8日はずっと平成元年1月8日です。

ただコンピュータなどの処理では便宜上、1912年7月29日までを明治、7月30日以降を大正、1926年12月24日までを大正、12月25日以降を昭和として処理しているものが多いようです。

平成の元号が定められた時も「新元号は明和」というデマがありましたが、昭和の元号が定められた時は、東京日々新聞(現・毎日新聞)が「新元号は光文」というスクープを報じた号外を出しますが実際に発表されたのは「昭和」で、大誤報事件となりました。このため東京日々新聞の編輯主幹・木戸元亮は辞任し、東京日々新聞は購読部数を大きく落としてしまう結果となります。

この事件については実際「光文」で決まっていたが宮内庁の発表より先に報道されてしまったので「昭和」に差し替えられたという説がかなり信じられていましたが、最近の研究では「光文」は候補のひとつであったにすぎないという説が有力視されているようです。

なお12月25日は大正天皇の命日であるとして「大正天皇祭」が昭和2年から祭日となっていましたが、戦後の祝日改訂で消滅しています。

(2005-12-25 01:35)


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