唐津おくんち(11.2-4)

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毎年11月の2日〜4日には佐賀県唐津市で「おくんち」が行われます。

「おくんち」とは特に西日本で行われる秋祭りで、元々は「御九日」つまり9月9日の重陽の節句のことです。昔は9月9日前後に行われていたものと思われますが、明治に新暦に移行して以降、各地域ごとに実施の日程はばらばらになってしまったようです。(唐津のおくんちは江戸時代には9月29日に行われていました。)

唐津のおくんちは200年以上も前の古い曳山が使用されていることで有名です。この曳山は超大型・漆塗り・一閑張りという全国でも他に例を見ないユニークなもの。毎年この、鯛や獅子などの曳山を見るために全国から観光客が訪れます。

一番曳山・刀町 赤獅子 (1819)二番曳山・中町 青獅子 (1824)三番曳山・材木町 亀と浦島 (1841)四番曳山・呉服町 源義経の兜(1844)五番曳山・魚屋町 鯛 (1845)六番曳山・大石町 鳳凰丸 (1846)七番曳山・新町 飛龍 (1846)八番曳山・本町 金獅子 (1847)九番曳山・木綿町 武田信玄の兜(1864)十番曳山・平野町 上杉謙信の兜(1869)十一番曳山・米屋町 酒呑童子と源頼光の兜(1869)十二番曳山・京町 珠取獅子 (1869)十三番曳山・水主町 鯱 (1876)十四番曳山・江川町 七宝丸 (1876)

唐津は「からの国」つまり中国へ向けて船を出す港(津)という意味で、古くから大陸との交通の拠点として栄えました。背後にそびえる台形状の「鏡山」には松浦佐夜姫(まつらさよひめ)の伝説があります。

昔、大伴狭手彦が朝鮮に出兵する準備をするため唐津に滞在していた時、この地の長者の娘・佐夜姫と愛し合うようになります。しかし狭手彦はやがて出発。姫はこの鏡山の頂上に登って船が海の向こうに消えていくまで見送っていたと伝えられています。

(異説では我慢できずに船団を追って走っていき、最後は呼子の加部島まで行って、そこでいつまでも海を見て立ちつくしている内に石に変わってしまったとも。加部島の有名な式内社・田島神社にはその佐夜姫が変じたという石が今も大事にお祭りされています)

鏡山の形はこの付近が隆起地形であることを示唆しますが、この近くには、もっとはっきり隆起地形を示す、まっ平らな島「神集島(かしわじま)」もあります。この島はその形から昔から、神様たちの集会場と言われていました。

唐津おくんちのサイト http://www.karatsu-kankou.jp/event1.html

(1999-11-01)


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