Auld Lang Syne

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Auld Lang Syne

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  Auld lang syne by Robert Burns  遠い昔の日々

Should auld acquaintance be forgot,  古き友は忘れられて
And never brought to mind?       二度と心に戻らないものだろうか?
Should auld acquaintance be forgot,  古き友は忘れられて
And days of auld lang syne?      遠い昔の出来事になってしまうだけなのか?

(Chorus)
For auld lang syne, my dear,      遠い昔の日々よ、ああ友
For auld lang syne,          遠い昔の日々よ
We'll take a cup o' kindness yet,   今からでも友情の杯をあげよう
For auld lang syne.          遠い昔の日々の為に

We twa hae paidl'd in the burn,    俺達は二人して焼け野原を歩き回った
Frae morning sun till dine;            朝日が昇ってからお昼まで
But seas between us braid hae roar'd, しかし二人の間には轟く海が横たわった
Sin' auld lang syne.          その遠い昔の日々の後に
(Chorus)

We twa hae run about the braes,    俺達は二人して丘を走り回って
An' pou'd the gowans fine;       花なんかつんだっけ
We've wander'd mony a weary foot,   あの頃は疲れるまで歩き回った
Sin' auld lang syne.          その遠い昔の日々
(Chorus)

And here's a hand, my trusty fere,   さあここに手がある、真の友よ
And gi'es a hand o' thine;       そして君の手も頂こう
We'll tak' a right gude willie waught, そして今日はじゃんじゃん飲もうではないか
For auld lang syne.          あの遠い昔の日々の為に
(Chorus)

And surely ye'll be your pint stoup,  そして君はあっという間にバケツ程飲んで
And surely I'll be mine,        俺もそれと同じくらい飲んでしまうだろうが
We'll take a cup of kindness yet,   更に乾杯の為に飲むことはできる
For auld lang syne.          あの遠い昔の日々の為に
(Chorus)

作者のロバート・バーンズ(Robert Burns)は1759年1月25日スコットランドの
アロウェイに生まれました。家が貧乏でまともに学校にも行けませんでしたが、
彼は聖書を読んで文字を覚え、たくさんの民謡を聞き、その後独学でフランス
語も勉強しました。

1785年に建設業者の娘Jean Armourと恋に落ちますが、彼女の父は相手が貧乏
な男なので結婚を許しません。しかし彼女は妊娠していましたので二人は一度
は駆け落ちも考えたのですが、翌年に出した彼の詩集「スコットランドの言葉
で書いた詩」が売れて思いもよらぬ大金が入り、二人は無事結婚することがで
きました。その年9月ジーンは双子を産み落とします。

彼は急激に有名になり、大都会のエジンバラで数年間妻子とともに生活します
が、有名人故にちやほやされる生活と、ドライな人間関係につかれ、1789年頃
田舎に引きこもり、農業に従事しましたが健康を害し1796年7月21日、37歳の
若さで亡くなってしまいました。

Auld Lang Syneは Old Long Since という意味で、1788年に地元の古老から
聞いた歌として発表したものですが、彼の手紙などの記録から研究者の間では
バーンズ自身の作品と推定されています。

日本語の「蛍の光」の歌詞は東京師範学校の稲垣千頴(年代不詳ですが著作権は
切れているようです)が書いたもので明治14年の「小学唱歌集」に収録されました。

 蛍の光窓の雪 文読む月日重ねつつ
 いつしか年も過ぎの戸を 明けてぞ今朝は別れゆく

 止まるも行くも限りとて 形見に思う千万の
 心の端を一言に さきくとばかり歌うなり

 筑紫の極み陸奥(みちのおく) 海山遠く隔つとも
 その真心は隔てなく ひとつに尽くせ国のため

 千島の奥も沖縄も 八洲の内の守りかな
 いたらん国に功(いさお)しく 勤めよ我兄(わがせ)恙なく

この歌はその後、日本占領時代の韓国では日本に対する抵抗運動の歌「愛国歌」
として歌われるようになり、事実上の国歌の地位を占めるようになります。
しかし後に、国歌が外国のメロディーというのはふさわしくないという声から
安益泰(1905-1965)がその歌詞に新たなメロディーを付けて現在に至っています。
その歌詞の1番の大意だけ下記に書いておきます。

 東海(*1)の水が枯れ白頭山がすり減っても
 神の加護は常にある 韓国万歳!
 木槿の花、三千里の華麗な山河、
 民と共に永遠に栄えよ

対訳はそのうちいづれ。

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