コンピュータ先代史

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この文書はdigital DANCEに1999年10月に連載したものに加筆修正したものです。

近世以前の計算 原始時代に計算の手段として私たちの先祖はいろいろなことを考えていた ようです。手の指を使って数え、それで足りなくなると両足の膝を使った ともいい、そこから12進法が生まれたようです。

結縄というものもありました。古代アメリカに記録があるようですが日本 などでも古代使われていたともいいます。これは縄に結び目を作って、数 のみでなくいろいろな情報を記録・伝達したということです。

ソロバン(abacus)については西洋では各桁に10個の玉があり、溝にそっ て動かすものが使用されていたようですが、東洋では玉に穴を開け軸にそ って動かす方式が作られ、10個ではなく上段2個、下段5個のものが発 達しました。しかし近年には、こんなに玉はいらないとして、上段1個、 下段4個という合理的なソロバンが誕生しています。

1950年代生まれくらいの人まではこの5玉のソロバンを見た記憶があるの ではないかと思います。私は布団屋をしていた祖父の家にあったので、使 い方を聞いたら「実は俺も知らない」と言われました(^^;

計算尺と対数 近世に入ってから計算技術の面で最初の大きな発明は対数でした。ジョン・ ネピア(1550-1617)とヨブスト・ビュルギ(1552-1632)が発見した対数は、 かけ算を足し算で行うことができるという画期的なものでした。ネピア自 身も対数を利用した計算機を発明していますが、1633年にウィリアム・オ ートレッドが発明した計算尺はその後の科学技術の発展に大きく貢献する ことになります。

計算尺を学校で習った方は1955〜56年前後に生まれた方まででしょうか。
私は授業では習わなかったのですが中学の時入っていた計算クラブという ので先輩に教えてもらい、すっかり気に入ってしまいました。いつもポケ ットに忍ばせていてかけ算の必要な時や平方根を計算したい時など、さっ とやっていました(少なくとも電卓よりずっとずっと軽かった。しかも当 時の電卓には平方根を一発で出す機能はなかった)。また、丸善の分厚い 対数表を机のそばにいつも置いておられた方もけっこう多かったのではな いかと思います。私は高校時代天文学の計算に凝っていましたが、だいた いこの丸善の対数表が頼りでした。(指数表示できる電卓を持っていなか ったので、普通の電卓では天文学の計算は手に負えなかった)

歯車式計算機 さて、先日配信した計算尺の経験者も今では少なくなったと思うのですが 歯車式計算機を使っていたという人も少なくなってきたと思います。中で も「ぐるぐるぐるガッチャン」という言葉で知っている人の間では通用す る割算機は、なかなかユニークなものでした。簡単に「四則」といいます が、その中でも割り算の困難さは群を抜いています。現代のコンピュータ のCPUの設計でも、如何にして高速に割り算を行うかというのはひとつ の技術であり、初期の頃は単純に、歯車式計算機と同様に引き算の繰り返 しで行っていたのが1970年代にCORDICの技術が産まれて飛躍的なスピード アップがあり、更に現代のPentiumでは、なんと数表を引くことにより、 割り算を行っています。一度問題になったPentiumの割り算のバグは要する にこの割り算の結果の早見表に誤りがあった訳です。

さて、歯車式計算機は1642年にフランスのブレズ・パスカルが発明しまし た。(*1)「人間は考える葦である」と言った人ですね。これは足し算と引 き算だけができるものでしたが、1671年にはドイツのG.W.F.von ライプニ ッツが四則のできる計算機を発明します。彼は微積分学の祖のような人です。
しかしこれに更なる改良が加えられるのは、機械に関する技術が発達する 19世紀を待たなければなりませんでした。年代だけ追いかけると次のよう になります。

1820 チロールス・トマス(フランス)の実用的な計算機 1828 ジャガード(フランス)がパンチカードを発明 1830 バベッジ(イギリス)が大型の微分解析機を考案 1834 バベッジが機械式の計算機を製作するが失敗 1885 ウィリアム・シュワード・バロースが加算機を商品化 1886 ハーマン・ホレリス(アメリカ)が統計機を考案

ということで、とうとう現代コンピュータ・メーカーにつながる名前が 登場して来ました。

 


(*1) パスカルが後世パスカリーヌと呼ばれることになる計算機を作ったのは19 歳の時だそうです。お父さんが税務の仕事をしていて、その仕事を少しで も楽にしてあげたいという親孝行の心で作ったものとか。この計算機は 現在パリの博物館に保存されているそうです。

どうも計算機の歴史を見ていると、税金と密接に絡んでいるようです。
アメリカでスプレッド・シートのソフト(VisiCalc, Multiplan, Lotus123, MS-Excel) が売れたのは、ひとえにアメリカは源泉徴収方式ではないので 各人で税務計算をして申告をしなければならないためと言われています。

チューリング機械 コンピュータが今まさに生まれようとしていたころ、数学基礎論の世界で 注目すべき論文が現れました。

A.M.Turing On computable numbers, with an application to the Entscheidungsproblem,Proc.London Math.Soc.,Ser.2.42(1936),230-265, 43(1937),544-546 E.L.Post Finite Combinatory processes-formulation I, J.Symbolic Logic,I (1936),103-105

この時代、近代科学を支えてきた数学の世界で重大な矛盾が発見されてし まっていました。それを解決しないと、その数学を元に発展した近代科学 は全て崩壊してしまいかねない、極めて深刻なものでした。

その時、多くの人が考えたのは「無限の操作の禁止」ということでした。
つまり思考実験的には「このような操作を無限に続けていけば」というの は考えることが可能ですが、人間は実際には有限のことしかできません。

そういう新しい哲学を背景に書かれた論文がこの2点で、これは「人間に とって計算可能なもの」とは何か、ということを定義しようという試みで す。そして現代数学ではこの二人の提案が「計算可能」の定義になってい ます。このときポストは面白いことを言っています。それは人間が識別で きる記号の個数は有限だというのです。それはなぜかというと、とても複 雑な記号があって、それらがちょっと違うだけだったら、人間の目ではそ の区別がつかない!というのです。むろん、普通の人が見て区別のつかな いものでも見る人が見れば区別はつくかも知れません。しかしその人にも またその人の識別可能な限界があるでしょうから、それぞれ一人一人に限 定して考えると、やはり識別できる記号の数は有限と考えていいでしょう。
それがたとえ10億個あろうと1兆個あろうと、やはり有限です。

 そして人間には有限の時間しかないから、人間の思考というのは、有限の  記号を有限回操作することによってしか到達できない、というのがポスト  の考えです。そこでそれをもって「計算可能」の定義にしようと彼は提案  したわけです。

 チューリングの論文はその考えをもっと数学者好みの形で書いてあり、彼  はその有限の記号を有限回操作する「機械」というものを仮想的に考え、  その機械で処理できるものを「計算可能」と定義しようとしました。

 このチューリングが仮想的に考えた機械を現代では「チューリング機械」  と呼んでいます。そして、実は現代のコンピュータはチューリング機械の  条件を満たしていると考えられますので、コンピュータは人間が計算でき  ることは全て計算できる、というのが数学的に証明できるのです。

 ただし「可能」というのは有限の時間の間に、ということですから、その  内容によっては、人間が1秒でできることをコンピュータだと100万年かか  るかも知れませんが、それでも「できる」ことは「できる」はずです。

パンチカード バベッジの計算機については多くの本に取り上げられていますから、ここ で改めて触れる必要はないでしょう。しかし20世紀前半の計算機業界で大 きな勢力を持ったPCS (Punched Cards System) を語る上ではやはりジ ャガードから語る必要があるでしょう。
ジャガードといえば、自動織り機の発明者としてあまりにも有名ですが、 彼がその織り機を自動的に制御するために発明したのがパンチカードです。
そして、ジャガードの在命中はこの技術を絶対によそに出さなかった為、 その技術が世に広まるのは1834年彼が亡くなったあとになります。
Herman Hollerithが1880年代に発明した統計機はこのジャガードのパンチカ ードを使用するものでした。彼はこの機械を1890年のアメリカの国勢調査に 使用してもらい、従来手作業でかかっていた時間の半分で結果をまとめるこ とに成功しました。
後にPCSと呼ばれるようになるこのパンチカードを使用した情報処理シス テムは、いろいろな独立の機械(分類機・会計機・照合機など)で構成され ているのですが、一般にはこのHollerithの統計機をもってPCSの発明と みなしているようです。
このPCSは1980年代まで現役で動いているものを見たことがあります。
それはなにか美しさと、人間の英知のすばらしさを感じさせるものでした。

コンピュータの場合は、こういう美しさが目には見えないミクロの世界で 展開されています。

電気計算機  電気計算機というのは、つまり真空管やトランジスタなど電子の働きで動  く計算機以前の、電気の力で動作する計算機のことです。
 
 計算機の元祖ともいうべきバベジは彼の巨大な計算機を蒸気機関で動かそ  うとして失敗しました。蒸気機関は18世紀に生まれた技術ですが19世紀に  生まれた技術が電気でした。この電気で計算機を動かすという考えが実現  したのは多分1920年代。この頃、いくつかのメーカーから電動式の歯車計  算機が発売されています。

 そして、電気式計算機の最後の花がリレー式計算機でしょう。

 リレー(継電器)というのは、要するにスイッチのことで、電流のon/offに  よって接点がくっついたり離れたりします。それによってデータを記憶す  ることができますし、回路の組み合わせによって演算もできる訳です。
 
 リレー式計算機を最初に作ったのはドイツで1938年にZ-1というリレー式  計算機が製作されています。しかし最も有名な物は1944年にアメリカの  ハーバード大学で開発された Mark I でした。日本では富士通が1953年に  国産第一号のリレー計算機を完成させています。

 リレー式計算機と従来の計算機には革命的ともいえる大きな差がありまし  た。電動歯車式計算機においては計算をしているのはあくまで歯車であっ  て、電気は単なる動力です。しかしリレーの場合は電気が計算の主役にな  っており、計算機の中核部分には何も目に見えて「動く」ものはありませ  ん。つまりこれは「動かない」計算機であり、今日のコンピュータに直接  つながる発明であったといえます。

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