sinwa(3)神生み

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)は国生みが終わると、神々を生み始めました。

これが大事忍男神(おおことおしおのかみ)石土毘古神(いわつちびこのかみ)石巣比売神(いわすひめのかみ)大戸日別神(おおとひわけのかみ)天之吹男神(あめのふきおのかみ)大家毘古神(おおやびこのかみ)風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ)、海の神である大綿津見神(おおわだつみのかみ)、水戸の神である速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)(ここまで10神)、風の神である志那都比古神(しなつひこのかみ)、木の神である久久能智神(くくのちのかみ)、山の神である大山津見神(おおやまずみのかみ)山祇神社(やまずみじんじゃ)の御祭神で日本の山の総管理者)、野の神である鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)(ここまで4神)、鳥野石楠船神(天鳥船)、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)、火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)(ここまで3神)です。

この最後の火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだ時、伊邪那美神は陰部を火傷して、亡くなってしまいます。この時、伊邪那美神が苦しみながら成した神様が、金山毘古神(かなやまびこのかみ)金山毘売神(かなやまびめのかみ)波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)弥都波能売神(みずはのめのかみ)(水の女神)、和久産巣日神(わくむすびのかみ)、といったところです。

伊邪那美神は妻の死を泣き悲しみ、出雲(いづも)伯耆(ほうき)の国境の比婆山に妻の遺骸を葬りました。(日本書紀(にほんしょき)の一書では熊野の有馬村)そして剣を取って、妻の死因となった火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を殺してしまいます。この火之迦具土神の血や死骸からはまた多くの神様が成っています。これは石拆神(いわさくのかみ)根拆神(ねさくのかみ)石筒之男神(いわつつのおのかみ)甕速日神(みかはやひのかみ)樋速日神(ひはやひのかみ)建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)闇淤加美神(くらおかみのかみ)闇御津羽神(くらみつはのかみ)正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)淤縢山津見神(おどやまつみのかみ)奥山津見神(おくやまつみのかみ)闇山津見神(くらやまつみのかみ)志芸山津見神(しぎやまつみのかみ)羽山津見神(はやまつみのかみ)原山津見神(はらやまつみのかみ)戸山津見神(とやまつみのかみ)、といったところです。

なお、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)は食物の神で豊受大神(とよけのおおかみ)(伊勢の神宮(じんぐう)外宮の神)や宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)稲荷神社(いなりじんじゃ)の神)と同一視されることがあります。火之迦具土神は一般に愛宕様(あたごさま)と同一視されます。

また、建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)は後の葦原中国平定(あしわらなかつくにのへいてい)の主役で鹿島神宮(かしまじんぐう)の御祭神。闇淤加美神(くらおかみのかみ)は一般には龍神様とみなされており、姉妹の高淤加美神(たかおかみのかみ)、水の女神である弥都波能売神(みずはのめのかみ)とともに、奈良の丹生川上神社(にゅうかわかみじんじゃ)や京都の貴船神社(きぶねじんじゃ)の御祭神とされます。



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