sinwa(6)八俣大蛇

天岩戸(あまのいわと)事件により、さすがの須佐之男神(すさのおのかみ)高天原(たかまがはら)を追放になってしまいました。須佐之男神(すさのおのかみ)は地上に降りてきてから、出雲(いづも)の国の鳥髪という所まで来ます。その時、川に箸が流れて来たので、須佐之男神(すさのおのかみ)は、上流に人が住んでいることにと気付き、行ってみることにしました。

(この箸は現在のように2本に分かれた箸ではなくピンセット型のものです。今でも一部の神社で神事に使用しています。現在の形の箸が日本に入ってきたのは飛鳥時代です。)

さて、須佐之男神(すさのおのかみ)が川の上流に行ってみますと、そこには年老いた夫婦と娘が一人いて、三人して泣いていました。須佐之男神(すさのおのかみ)が何故泣いているのかと尋ねると男が事情を話します。私たちにはもともと娘が8人いたのですが、毎年今頃になると大蛇(おろち)がやってきては、娘を一人ずつ食って行くのです。今年はとうとうこの娘の番かと思って泣いております、と。

須佐之男神(すさのおのかみ)が、その大蛇というのはどんなものか?と尋ねると、頭が8つ、尾が8つで体にはたくさん木がはえていて、長さは8つの谷、8つの峰にわたっていますといいます。

ここで須佐之男神(すさのおのかみ)は「自分は天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟である」と身分を明かし櫛名田姫(くしなだひめ)という名のその娘を自分の妻にくれと申し入れ、その大蛇は自分が退治してやろうと言うのです。夫婦は恐縮して、その申し出を承知しました。すると須佐之男神(すさのおのかみ)櫛名田姫(くしなだひめ)を櫛の形に変えて自分の髪にさした上で、夫婦に命じて八塩折酒(8度醸造した酒)を作らせます。そして垣をめぐらして、8つの門にそれぞれ8つの桟敷を作り、その桟敷毎に酒樽を置かせました。

そしてやがて八俣大蛇(やまたのおろち)が現れますが、大蛇は酒の匂いにつられ、8つの門に自分の8つの首をさしいれ、それぞれの首が中の8つの桟敷を順にめぐって酒樽の中の八塩折酒を飲み、とうとう酔いつぶれてねむってしまいます。すると須佐之男神(すさのおのかみ)はすかさず自分の剣(天蝿折剣(あめのははきり))を抜いて、大蛇をずたずたに切りきざんでしまったのです。

この時、大蛇の中ほどの尾を切ったときに刀の歯がこぼれたので不思議に思って切り開いてみると、中から素晴らしい太刀が現れました。須佐之男神(すさのおのかみ)は後にこの太刀を天照大神(あまてらすおおみかみ)に献上しました。これがやがて日本武尊(やまとたけるのみこと)に伝わることになる天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)です。この剣で日本武尊は草を切って山火事から逃れたので、またの名を草薙剣(くさなぎのつるぎ))といいまます。現在この剣は名古屋の熱田神宮(あつたじんぐう)境内に祀られており、皇室の三種神器(さんしゅのじんぎ)のひとつとなっています。

三種神器(さんしゅのじんぎ)の内、鏡は伊勢の神宮(じんぐう)、剣は熱田神宮(あつたじんぐう)にあって、いづれも分霊が皇居に祀られています。本体が祀られているのは曲玉のみです。)

こうして八俣大蛇(やまたのおろち)を倒した須佐之男神(すさのおのかみ)櫛名田姫(くしなだひめ)と一緒に暮らす新居にふさわしい場所を求め、家を建てて「私はすがすがしい気分だ」と言いましたので、その地を須賀といいます(現在の須我神社(すがじんじゃ))。ここで二人は幸せな日々を送ることになるのですがその時盛んに雲が立ち上るのを見て、須佐之男神(すさのおのかみ)は次のような歌を歌いました。

  八雲立つ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を

古事記(こじき)にはたくさんの歌が出てきますが、一番最初に出てくる歌がこれです。これにより須佐之男神(すさのおのかみ)は和歌の元祖とみなされることがあります。

【須佐之男神の系譜】

須佐之男神(すさのおのかみ)の子供は次のようになっています。

櫛名田姫(くしなだひめ)との間に八島士奴美神(やしまじぬびのかみ)
神大市姫(かみおおいちひめ)との間に大年神(おおどしがみ)宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)稲荷神社(いなりじんじゃ)の御祭神です。またこの八島士奴美神(やしまじぬびのかみ)の系譜に、次に取り上げる大国主神(おおくにぬしのかみ)が登場します。古事記(こじき)における記述は以下のようになっています。

八島士奴美神(やしまじぬびのかみ)木花知流比売(このはなちるひめ)(大山祇神(おおやまずみのかみ)の娘)との間に布波能母遅久奴須奴神(ふはのもぢくぬすぬのかみ)
その神と日河比売(ひかわひめ)(淤加美神(おかみのかみ)の娘)との間に深淵之水夜礼花神(ふかふちのみずやれはなのかみ)
その神と天之都度閇知泥神(あめのつどへちぬのかみ)との間に淤美豆奴神(おみづぬのかみ)
その神と刺国若比売(さしくにわかひめ)との間に大国主神(おおくにぬしのかみ)

ただし異説では八島士奴美神(やしまじぬびのかみ)というのが大国主神(おおくにぬしのかみ)の別名であるとして、大国主神(おおくにぬしのかみ)須佐之男神(すさのおのかみ)の子供であるというのもあります。



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