sinwa(9)大国主神と少彦名神

美保関-地の御前 大国主神(おおくにぬしのかみ)美保関(みほがせき)におられた時、海の向こうからカガイモの葉で作った船に乗ってやってきた小さな神様がいました。

これは少彦名神(すくなひこなのかみ)といって神産巣日神(かみむすびのかみ)の子供でした。神産巣日神(かみむすびのかみ)に申し上げると、「あなたの弟と思って、一緒に国作りに精を出してください」とのことでしたので、このあと、大国主神(おおくにぬしのかみ)少彦名神(すくなひこなのかみ)と一緒に日本中を巡って、国土開発につとめました。その際のエピソードは播磨国(はりまのくに)風土記(ふどき)などにも出てきます。

なおこの2柱の神は全国の古い温泉の発見者として伝承されており、愛媛県の道後温泉、出雲の玉造温泉、神奈川県の箱根温泉などでは大国主神(おおくにぬしのかみ)をだいこく様、少彦名神(すくなひこなのかみ)をえびす様として「えびす・だいこく」としてお祭りしています。

少彦名神(すくなひこなのかみ)が小さな船に乗ってやってきたという話は後に、おわんの船に箸の櫂で川を下る、一寸法師の話の原型になったといわれています。また少彦名神(すくなひこなのかみ)は最初出雲(いづも)にやってきた時に、言葉がしゃべれなくて、山田というところのたんぼのかかしが名前を教えてくれたのですが、のちにこの話はこんがらがって、かかし自身が少彦名神(すくなひこなのかみ)であるという伝承になり、少彦名神(すくなひこなのかみ)は農業神であるという考え方も出てきています。

また、少彦名神(すくなひこなのかみ)は薬草の知識が豊富であったとされ、そのことから少彦名神(すくなひこなのかみ)を、婦人病に霊験あらたかなことで知られる淡島様(あわしまさま)と見る考え方も成立しています。

米子市の粟島 さて、この2柱の神による国土作りが一段落した時、少彦名神(すくなひこなのかみ)は自分のするべき事は終わったと考えられたのか、粟島に行き、粟の茎によじのぼって、茎の弾力でポーンと跳ねて常世の国に去っていきました。 (粟島と淡島が同音であることが少彦名神=淡島様の根拠のひとつとされている)

少彦名神(すくなひこなのかみ)が去ってしまうと、大国主神(おおくにぬしのかみ)は、このあと私は誰と一緒に国土開発をすればいいんだろうと悩んでいました。その時、海の向こうから光輝いてやってくる神様がいました。そして大国主神の国土開発への協力を申し出ます。大国主神が、その神に名前を尋ねると「私はあなたの幸魂奇魂(さきみたま・くしみたま)です」とお答えになりました。そして大和国の三輪山に自分を祭るようおっしゃいました。これが三輪の大物主神(おおものぬしのかみ)です。



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