sinwa(10)葦原中国の平定

さて、前回見たように日本の国は大国主神(おおくにぬしのかみ)少彦名神(すくなひこなのかみ)(あとで大物主神(おおものぬしのかみ)にバトンタッチ)により開発されたのですが、高天原(たかまがはら)天照大神(あまてらすおおみかみ)はこの国は自分の子供の天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)が治めるべき国であると考えました。そこで天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)を地上に降ろそうとしますが、天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は地上は騒がしくて手に負えませんと言って帰って来てしまいます。

そこで高天原(たかまがはら)の神々の合議の結果、天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の弟の天菩比神(あめのほひのかみ)が地上の国を高天原に従わせる為に派遣されることになりました。しかし天菩比神(あめのほひのかみ)大国主神(おおくにぬしのかみ)と仲良くなってしまい、3年たっても戻って来ませんでした。(神魂神社(かもすじんじゃ)の御祭神)

そこでまた合議の結果今度は天若日子(あめのわかひこ)が交渉のために派遣されることになります。ところが天若日子(あめのわかひこ)は地上に降りると美濃の国で大国主神(おおくにぬしのかみ)の娘の下照姫(したてるひめ)と結婚しいづれ自分自身がこの国の王になってやろうと考え8年たっても戻りませんでした。

ここで高天原(たかまがはら)の神々は天若日子(あめのわかひこ)の所へ使いとして雉鳴女(きぎしのなきめ)を遣わします。雉鳴女(きぎしのなきめ)が「あなたの使命はどうしたのです?」と天若日子(あめのわかひこ)を問いただすと、天若日子(あめのわかひこ)は弓矢で雉鳴女(きぎしのなきめ)を射殺してしまいます。この時雉鳴女(きぎしのなきめ)を射抜いた矢が高天原(たかまがはら)にまで達して、その矢を高産巣日神(たかみむすびのかみ)が拾いました。見るとそれは自分が天若日子(あめのわかひこ)に渡した矢です。

そこで高産巣日神(たかみむすびのかみ)は「天若日子(あめのわかひこ)が使命を忘れておらずこの矢は誰か悪者が放ったものであれば天若日子(あめのわかひこ)には当るな。もし天若日子(あめのわかひこ)に邪心があればこの矢に当れ」と言って矢を下に落します。すると見事に天若日子(あめのわかひこ)の胸を射抜きました。(これを還し矢(かえしや)といいます)

天若日子(あめのわかひこ)の死を嘆く下照姫(したてるひめ)の鳴き声が天上まで響くと、天若日子(あめのわかひこ)の父は哀れんで地上におり、馬鹿なわが子の為に葬儀の手配をしてやりました。また、下照姫(したてるひめ)の兄の味鋤高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)も弔いに訪れました。ところが、味鋤高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)天若日子(あめのわかひこ)とよく似た風貌であったため、まだ地上にいた天若日子(あめのわかひこ)の父が「私の息子が生きていた」と言って抱きついて来ました。すると味鋤高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)は「間違えるな」と怒って、剣を抜いて喪屋を切り倒すという一幕もありました。この時、下照姫は

 天なるや、弟棚機の頂がせる、玉の御統、御統に、穴玉はやみ谷、二渡らす、阿知志貴高日子根の神そ

という歌を歌って、その神が天若日子(あめのわかひこ)ではなく味鋤高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)であることを告げました。なお、この歌によって、紀貫之(きのつらゆき)下照姫(したてるひめ)を女性の和歌の元祖とみなし、古今集(こきんしゅう)の序文で称えています。

さて、そういうわけで、高天原(たかまがはら)では今度は次に誰を派遣するかという話になるのですが、やはり強い神でなければならないということで、建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)経津主神(ふつぬしのかみ)が派遣されることになります。

先に派遣された神様たちに比べて、建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)経津主神(ふつぬしのかみ)はたいへん任務に忠実でした。神は大国主神の前にズカズカと進み寄り、剣を抜いて地面に突き刺し「この国は天照大神(あまてらすおおみかみ)の子が治めるべき国である。そなたの意向はどうか」と言います。すると大国主神(おおくにぬしのかみ)は、自分が答える前に息子の事代主神(ことしろぬしのかみ)に尋ねるようにと言います。

そこで建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)は美保崎に行き事代主神(ことしろぬしのかみ)に国譲りを迫ると、事代主神(ことしろぬしのかみ)はあっさりと「承知しました」と言って家に引き篭ってしまいます。そこで建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)は再び大国主神(おおくにぬしのかみ)に「他に何か言う奴はいるか?」と聞きますと、大国主神は「もう一人の息子、建御名方神(たけみなかたのかみ)にも聞いてみてくれ」と言います。

建御名方神(たけみなかたのかみ)事代主神(ことしろぬしのかみ)に比べると荒っぽい神様でした。建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)が国譲りを迫ると、建御名方神(たけみなかたのかみ)は巨大な岩を抱えて来て、力比べを挑みます。そして「どれお前の手をつかんでやる」と言って建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)の手を握ろうとします。しかしそうすると建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)の手はたちまち剣の刃に変化しました。建御名方神(たけみなかたのかみ)がいったん手を引っ込めると、建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)は「では今度は俺の番だ」と言って建御名方神(たけみなかたのかみ)の手を握ると、建御名方神(たけみなかたのかみ)の手は草にようにぎゅっと握りつぶされてしまいました。

慌てて建御名方神(たけみなかたのかみ)は逃げ出しますが、建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)も追いかけていきます。二人は追いかけっこをして、とうとう諏訪湖(すわこ)までやってきました。そしてもう逃げ切れないとみた建御名方神(たけみなかたのかみ)は、俺はもうこの地から出ないから殺さないでくれ、と嘆願するのです。建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)もこれで目的を達したとして、その言葉を信じ、再び大国主神(おおくにぬしのかみ)の所に行って、さぁどうすると尋ねます。

すると大国主神(おおくにぬしのかみ)は「二人の子供が高天原(たかまがはら)の神に従うというのであれば私も逆らわないことにしましょう。その代わり私の住む所として天の子が暮らすのと同じくらい大きな宮殿を建てて下さい。私はそこで幽界の支配者になりましょう。現世のことはあなたたちにお任せします。私の180人の子供たちも事代主神(ことしろぬしのかみ)に従って貴方たちには抵抗しないでしょう」と言いました。そこで建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)はそのような立派な宮殿(出雲大社(いづもたいしゃ))を建てさせ、高天原(たかまがはら)に復命しました。

なお、建御名方神(たけみなかたのかみ)建御雷之男神(たけみかづちおのかみ)との勝負は相撲のルーツとも言われています。建御名方神(たけみなかたのかみ)は諏訪湖で現地の神とまた相撲をして勝って、その地の権利を手に入れました。

また事代主神(ことしろぬしのかみ)は国譲りに同意したことの責任を取り、このあと出雲を去り、伊豆に移って海上に伊豆諸島を出現させ、その中の三宅島に鎮座しました。この神社は後に伊豆半島の白浜に移転し、現在は三島市にあります(三嶋大社(みしまたいしゃ))。



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