sinwa(13)日本神話はどこに書いてあるか

日本神話を取り上げる場合、特に神道系の人が重視するのは古事記(こじき)です。今までも、実は古事記(こじき)上巻のメインストーリーに沿っておいかけて来たのですが、元々いろいろなエピソードで構成されていた神話に、このような一連のストーリーを付けた人物が、当時いたことになります。

古事記(こじき)の序によれば天武天皇の時代に稗田阿礼(ひえだのあれ)というものがおり、天皇の命により、古い文献を解読、その結果を元明天皇の時代に太安万侶(おおのやすまろ)が整理してまとめたとされています。稗田阿礼についてはその名前がこの序文以外に全く出てこないから古来謎の人物とされ、男性か女性かについても意見が分かれていましたが、近年、梅原猛氏が提出した、稗田阿礼=藤原不比等の説は、色々辻褄の合う所があり、ひじょうに興味深いものです。

日本神話を収録したものとして、古事記(こじき)と並ぶ存在が日本書紀(にほんしょき)です。こちらは、以前にも述べた、7~8世紀の重要家系のひとつ安倍家の血を引く舎人親王がまとめたものです。元正天皇の時代に完成しました。古事記(こじき)がひとつのことについてひとつの説のみを採用して、ストーリーを重視しているのに対して、日本書紀(にほんしょき)では、当時存在した、いろいろな説を集約し『一書にいわく。。。』という形で記載されているのがたいへん貴重です。このおかげで、当時既に存在した異説を読むことができます。

日本書紀(にほんしょき)と同時代にまとめられたもうひとつの文献は風土記(ふどき)です。これは日本書紀(にほんしょき)が中央の官僚によりまとめられたのに対して、各地方でも同様の文献をまとめるようにとの命令により編纂されたものですが。。。。。各地方の官僚の編集能力にバラツキがありすぎて、結果的に「全完成」には至っていません。現在でもほぼ完全な形で見ることのできるのは、出雲国(いづものくに)風土記(ふどき)常陸国(ひたちのくに)風土記(ふどき)播磨国(はりまのくに)風土記(ふどき)、の3つのみ。また豊後国(ぶんごのくに)風土記(ふどき)肥前国(ひぜんのくに)風土記(ふどき)には抄録本が現存しています。

更には江戸時代頃から、あちこちの文献に引用された風土記(ふどき)の文章を集めてみようという研究が盛んに行われ、結果的にかなりの量の文章を集めることに成功しています。これは風土記(ふどき)逸文と呼んでいます。

(自分の文章を後世に残したかったら、どんどん引用してもらうのがよいようです)

日本神話に関しては、その後中世に編集された文献にも見られます。中でも平安初期の「先代旧事本紀]」「古語拾遺」などは重要です。なかでも先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)(略称旧事本紀(くじほんぎ))は、古事記(こじき)日本書紀(にほんしょき)に次ぐ重要文献とみなされます。

また、鎌倉時代には、伊勢神道の教典・神道五部書が作成され、室町時代になると各地の神社の縁起を集めた神道集が成立しています。更には江戸時代後期から明治時代にかけては、いわゆる「偽書」と呼ばれる出所不明の多数の古文献が登場しています。上記(うえつふみ)、秀真伝(ほつまつたえ)、東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)、九鬼(くかみ)文献、竹下文献、宮下文献、物部文献、カタカムナ文献、などといったものです。これらはほとんどが古代に書かれたと仮託されていますが実際には江戸時代に編纂されたものと思われます。しかし、それなりに当時のいろいろな伝承を見ることができて、貴重なものです。

特に、秀真伝(ほつまつたえ)はその美しい文章と大規模な世界観にファンが多く、また天照大神(あまてらすおおみかみ)の男神説をとってているのも面白いところです。







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