ヨーロッパのポップス (17)


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『世界のポップス』

ドイツ

Artist:『ドイツ』 (曲数 2)

『バラ・バラ』 Balla Balla 1965.8
ドイツの4人組のバンド Die Rainbpws の大ヒット曲。日本ではスパイダースがカバーしている。当時小学生たちが「アベビバビブベ・バラ、お前の母ちゃんバラ、お前の父ちゃんバラ」などと歌っていた。オリジナルの歌詞は My baby baby Balla Ballaである。「バラ」には特に意味はないが楽曲中に、この「バラ」が64回出てくるらしい。「バラバラ・ロック」と呼ばれることもある。

『サンバ・デ・ジャネイロ』 1997.5.5
ラ・レードレ・ミードラ、ミ・ラソラ・シーソミという曲。日本では吹奏楽でもよく演奏される。まるでサンバの代表曲みたいだが、実は純粋なサンバではない!これはドイツのパンド“ベリーニ(Bellini)”の曲(デビュー曲)。元々はブラジルの“ジャズ”・ミュージシャンAirto Moreiraが1972年に発表した"Tombo In 7/4"の一部を利用してサンバ風に編曲した曲である。2014年には新しいポルトガル語歌詞を載せて「Samba do Brasil」(サンバ・ブラジル)の名前で再リリースしている。

ジオーラ・チンクェッティ

Artist:『ジオーラ・チンクェッティ』 (曲数 4)

ジオーラ・チンクェッティ(Gigliola Cinquetti, 1947-, Act=1963-)はイタリアの女性歌手。日本では「ジリオラ」と書かれていることが多いが、ライブ録画などで彼女を紹介する司会者のイタリア語発音を聴くと「ジオーラ」に聞こえるのでここでは現地音主義でジオーラと書く。


『Non ho l'età』 1964
タイトルの意味は「私はまだ子供なの」くらいの意味。恋に不安を持つ少女の気持ち?当時17歳である。日本で発売された時のタイトルは「夢見る想い」。凄い意訳ですね。本人が日本語で歌唱したバージョンも日本では発売されている。

『Dio, come ti amo』 1966
タイトルは「神様、どうやって彼を愛したらいいのでしょうか?」まあ19歳ならギリギリ許される発言かな。日本発売時のタイトルは「愛は限りなく」。

『La pioggia』 (雨) 1969
原題のタイトルはそのまま「雨」。凄くうまくなっていた。22歳の作品。ポール・モーリアもカバーしている。恐らく彼女の代表曲。サンレモ音楽祭ではフランス・ギャルと一緒に歌っている。日本では伊東ゆかり、岸洋子、南沙織など多数の歌手がカバーしてる。

『Gira l'amore - Caro bebè 』 1972
タイトルの意味は多分直訳すると「私を愛するようにして」くらいの意味。girareという動詞は英語だと turn に相当する。だから、他の人を愛するのはやめて私を愛してという意味??副題は「私のベイビー」。Caro mio Ben (Dear my Ben) の caroですね。

ジオーラ・チンクェッティは他に Alle porte del sole (1973) , Si (1974) などの曲もリリースしている。また「悲しき天使」や「コンドルは飛んで行く」などのカバーも歌っている。

ミーナ

Artist:『ミーナ』 (曲数 2)

ミーナ Mina (1940-, Act=1958)

『Tintarella Di Luna』 1960
ミーナのヒット曲。タイトルの意味は「月の色合い」くらいの感じ。日本では『月影のナポリ』のタイトルで、ザ・ピーナッツや森山加代子にカバーされた。

『Un buco nella sabbia』 1964
日本では『砂に消えた涙』のタイトルで、ザ・ピーナッツ、弘田三枝子、伊藤ゆかりなどがカバーした。

イタリアのポップス

Artist:『イタリアのポップス』 (曲数 4+2 =6)

『フニクリ・フニクラ』 1880
ナポリ近郊で『ポンペイ最後の日』(The Last Days of Pompeii)などでも知られるヴェスヴィオ(Vesuvio)火山に作られた登山電車の広報のために作られた曲で“世界初のCMソング”と言われる。歌の内容は、登山電車に乗ったら彼女と天に昇る気分かもよ、みたいな感じの曲である。ただしナポリ語でかかれているので、歌詞を読むのはかなり大変である。私はこの歌詞のイタリア語(トスカーナ語)訳を見て、子供が子守女と一緒に登山電車に乗る歌かと誤解して、このサイトに解説を書いたのだが、その後、完全に読み間違っていたことが分かって訂正した。日本では「みんなのうた」で取り上げられたほか、田中星児(初代うたのおにいさん)が「鬼のパンツ」という替え歌を披露して「あかあさんといっしょ」でも歴代のうたのおにいさんが歌っている。

『トレロカモミロ』 1968
トレロカモミロという、強いけど眠ってばかりいる闘牛士のことを歌った歌。“トレロ”は“闘牛士”という意味で、本人の名前は“カモミロ”である。スペインではなくイタリアの作品。1968年に行われたイタリアの第10回ゼッキーノ・ドーロの入賞曲。フランコ・マレスカ作詞・マリオ・パガーノ作曲(「黒猫のタンゴ」のコンビ)。日本でも「みんなのうた」で1970年に放送された。

『くろねこのタンゴ』 (重複)
新童謡のページ参照のこと。

『ニッキニャッキ』 (重複)
同じく「新童謡」のページ参照のこと。

『パロレ・パロレ』 (Parole Parole) 1972
Mina & Alberto Lupoのデュエット曲で元々のイタリア語のタイトルは“Parole Parole(パローレ・パローレ)”。作詞:Leo Chiosso and Giancarlo Del Re, 作曲:Gianni Ferrio。ダリダ(1933-1987)とアランドロン(Dalida & Alain Delon)がフランス語でカバーしたものがフランス・日本・メキシコ・カナダで大ヒットし、ダリダの代表曲ともなっている。ダリダはFriedrich Schütterとのデュエットでドイツ語版も歌っている。またアラン・ドロンは後にセリーヌ・ディオンともデュエットしている。「パローレ・パローレ・パローレ」(言葉、言葉、言葉)とひたすら繰り返す。フランス語の歌詞の中には「キャラメル・ボンボン・ショコラ(Caramels bonbons et chocolats)」とお菓子の名前を並べる所もある。日本では中村晃子と細川俊之のデュエットでカバーされた他、山本リンダなども歌っている。

『I like Chopin』 1983
イタリアの歌手ガゼボ(Gazebo)のワールドヒット。日本では小林麻美with C-POINTが「雨だれはショパンの調べ」というタイトルでカバーした。なおイタリアには似た名前でガルボ(Garubo)という歌手もいるので、混同に注意、ポール・モーリアもカバーしている。

その他ヨーロッパ

Artist:『その他ヨーロッパ』 (曲数 2)

『Mr. Saxobeat』 2010
ルーマニアのミュージシャン Alexandra Stan のヒット曲、サキソフォンでひたすらララ・ミード、ララミード、というテーマを繰り返すが、その繰り返しに中毒性がある。

『菩提樹の下の恋』 Dragostea Din Tei 2003
モルドバ出身の音楽グループO-Zone(オゾーン:“ゼロから”という意味らしい)の大ヒット曲。原曲はルーマニア語。Dragostea は“恋”、din は from などの意味がある前置詞で、Tei は菩提樹。つまり“菩提樹の下の恋”という意味。「Nu Ma,Nu Ma Nu Ma Iei」とか「Mai-Ahi, Mai-Ahu, Mai-Aho, Mai-Ahaha」といった歌詞が音韻的に面白く、歌詞の意味は分からないまま世界的な大ヒットとなる。実際には歌詞の「Nu Ma Iei」は「僕を取らないんだ?(捨てちゃうんだ?)」、「Mai」は「5月」で「Ahi Ahu Aho Ahaha」は感嘆詞らしい。

ルーマニア国内でヒットした後、イタリアでルーマニア出身の歌手ハイドゥッチ(Haiducii) がカバー、これが世界的に話題になる。日本では2chを中心に“空耳”ベースのFlash動画が作られて大ヒット。また国内レコード会社から「恋のマイアヒ」というあまりにも酷いタイトルでCDも発売された。

私個人は最初「Mai Ahu」という歌詞が「マイ・ヤフー」に聞こえて、てっきりヤフーのCM曲かと思い込んでいた!

2chで作られた動画には同サイトで生まれたキャラクター“モナー”が使用されていたが、これに目を付けたAvexが、このモナーそっくりのキャラ“のまネコ”を使用したPVやグッズを制作し、このキャラクターに関する権利を主張して発表したことからネット民たちが猛反発する。これに対してAvex側が「別にモナーの使用を制限する訳ではない」などと開き直った返答をしたことから、更に反発の声は広がり、殺人予告や放火予告まで起きる騒ぎになる。Avexは最終的に「のまネコ」の商品化を断念、商標登録も取り下げたものの、知的所有権で食べて行っているはずのレコード会社が自ら重大な知的所有権侵害行為をおこなった極めて遺憾な事件である。


(2021.09.15)