絵すごろくについて

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■絵すごろくとは

「絵すごろく」というのは盤すごろくに対する名称で、現在多くの人が知っているようなスゴロクの形式のものを言います。

基本的には2〜6人程度で一緒に遊ぶもので、各々区別できる一つの駒を使い、振り出し(スタート)から始めてサイコロの目に従って定められたルートをたどって上がり(ゴール)まで進みます。そして下記のような特例が散りばめられています。

これに下記のようなバリエーションが加わります。

現代ではサイコロの代わりにルーレットを使用するものも多いです。この場合出る数を1〜6のみでなく、0〜8にしてみたり、ルーレットの幅の調整により目の数の出る確率を変えたりできるメリットがあります。振るサイコロは通常1個です。盤双六と違い駒が1つだけなので、2個も振ると出る目の数が多すぎてゲームの面白さが損なわれるためと思われます。

なお、上がりに入る場合は次の3通りの流儀があります。

■絵すごろくの歴史

増川宏一氏によると最も古い絵双六は「浄土双六」と呼ばれるもので「言国卿記」文明6年(1474)8月8日の項に記載があるそうです。増川氏はこの絵双六というのは盤双六のバリエーションとして枝分かれしたものではないかと推測していますが、私もこの意見に賛成です。だからこそ同じ「すごろく」という名前が使用されたのでしょう。

浄土双六は要するに極楽浄土にたどりつくまでの道筋を双六としたものであり、いわばセネトの死者の書の仏教版のようなものです。ただしセネトと浄土双六の間に直接の影響を見いだすことは困難でしょう。

絵すごろくは一般には江戸時代に発生したものと思われていますが室町時代に既に行われていたことを発見した増川氏の研究は重要です。氏は「すごろく」(法政大学出版局)の中で、この浄土双六から現代までの双六の変遷を詳細に分析しています。

多くの人が知っているのは江戸時代の道中双六で、江戸日本橋を振り出しにして、東海道五十三次を進行し、京都の京橋で上がりになるもの。これは参勤交代の武士が多く買い求めたともいわれます。お伊勢参りの庶民も旅籠でこれをやっていたかも知れません。大井川で一回休みになるのも周知。桑名で蛤を食べ過ぎて一回休みというのも見たことがあります。この道中双六の現代版が「日本一周ゲーム」なのかも知れません。

浄土双六・道中双六と並んで昔から人気があったのが出世双六。男性版・女性版があって、それぞれの時代における出世のパターンが見れて民俗的にも興味を引くものです。これは現代では「人生ゲーム」の名前でよく遊ばれています。

明治時代には出世双六のパターンが文明開化に合わせて変化していますが、大正時代になり「少年倶楽部」が創刊されると、同誌はしばしば色々な双六を付録に付けています。その中で「北極探検双六」(1932)「宝の城探検双六」(1933)といった探検物には注意をしたいところ。これが恐らく現代のアドベンチャーゲームのルーツのひとつでしょう。実際現代のアドベンチャーゲームは、双六と迷路ゲームを組み合わせて物語性を持たせた物ということができます。


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