スケートについて(1)

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★今日の特集 ウィンタースポーツの世界(9)スケート-1

スキーが雪の上のスポーツの代表であれば、スケートが氷の上のスポーツの 代表です。寒い地方ではスキーもスケートもできる、と南方に住む人は思い がちなのですが、必ずしもそうではありません。思いっきり寒い所まで行け ば、どちらも可能ですが、スキーは雪が降る所、スケートは気温が下がる所 でなければできない訳です。私が子供のころ住んでいた所はスキーは可でも スケートは無理でした。しかし父の実家のあった町ではスケートはOKでも スキーは無理でした。しかしスケートに関しては近年室内リンクの発達で、 南国九州でも一年中滑られるようになっています。そういう意味ではスキー よりスケートの方が現在競技人口が多いのかも知れません。

スケートが生まれたのは石器時代と言われ、当時は獣骨の片面を削り、これ を足に木の蔓などで縛り付けて使用していたとされます。やがて中世のころ、 木靴の国オランダで木製のスケートが生まれます。オランダには運河が多く、 冬季の間ここを滑って移動するため、それ用の道具が特に発達したとされま す。日航機事故で有名になった「ダッチロール」という言葉も元々はスケート の弧線滑走のこと。ダッチは英語でオランダですね。

1772年には丈夫な鉄製のスケートが、更に1850年には錆びにくいスチール製 のスケートが誕生します。この頃からスピンやジャンプの競技技術が発達し てきたようです。やがて1882年にウィーンで初の国際大会が開かれ、1892年 には国際スケート連盟(ISU - International Skating Union)が生まれます。

現在スケートは競技としては、滑る速さを競うスピードスケートの系統、 氷上での各種演技を見せるフィギュアスケートの系統、そして氷上で色々な プレイをするアイスホッケーなどの系統に分かれ、スケート靴もその目的別 にかなり違ったものが使用されています。

スピードスケート用の靴はスピードが出やすいようにブレード(歯)が長く 直線的に作られており、また少しでも軽くしたいということから、靴自体は 小さく作られています。アイスホッケー用は激しい動きに耐えられるように 足首をしっかり保護するように作られており、ブレードも短く、カーブして います。

フィギュアスケート用の靴はブレードがアイスホッケー用よりは長く、更に カーブしていて、スピンなどに便利なように先端にトゥが付いています。
またスケーティング時に体を安定させやすいようにハイヒールになっている のが大きな特徴です。上級者になればどういう演技をするかによって微妙に 違うスケート靴を使用します。オリンピックの場合も、競技者はショート・ プログラムとフリーでは別の靴を使用していると思います。

オリンピックではスケートは1908年のロンドン大会でフィギュアスケートが 採用されたのが最初ですが(*1)、1924年以降は夏季大会から分離された冬季 五輪の種目として行われてきました。

一方、フィギュアスケートは1896年から世界選手権が開催されており、こち らの方が五輪より歴史が古い。最初は女性が参加することは全然誰も考えて おらず、1896年大会の出場者は全て男性です。しかし女性の参加を禁止する 規定もなかったので1899年のダボス大会にイギリスのマッジ・サイアースが 女性として初めて参加。三位に入る健闘をして、注目されました。その後、 1906年から正式に男子と女子を分けて実施されるようになっています。

スピードスケートの方は1893年に最初の世界選手権が開催されましたが、こ ちらは女性の参加は遅れ、1933年にやっと女子の部が始まっています。

ソルトレイク五輪の競技種目は次の通りです。

 フィギュア系 男子シングル・女子シングル・ペア・アイスダンス  スピード系 スピードスケート 男子500,1000,1500,5000,10000                 女子500,1000,1500,3000,5000        ショートトラック 男子500,1000,1500,5000リレー                 女子500,1000,1500,3000リレー  アイスホッケー

日本では1861年に函館でイギリス人のトマス・ブラッキストンが滑ってみせた のがスケートの初見とされます。その後明治時代に北海道から東北、北信越と 広がっていき、諏訪湖などは多くのスケーターで埋まりました。神戸の六甲山 でもかなり盛んであったようです。日本初のスケート大会は1920年、1929年に 日本スケート連盟が誕生しました。オリンピックへの参加は1932年のレーク・ プラシッド大会が最初です。

----------- (*1)1912年のストックホルム大会はスキーの種目なども実施したいと北欧の   国が提案したがアメリカなどが強硬に反対。結局スケートも巻き添えを   食らって実施されませんでした。1916年は第一次世界大戦のため中止。
  1920年のアントワープ大会ではフィギュアスケートとアイスホッケーが   実施された。

★今日の特集 ウィンタースポーツの世界(10)スケート-2

現在オリンピックでスケートの競走方式の競技には、スピードスケートと ショートトラックがあります。

スピードスケートは1周400メートルのトラックを使用し、ダブルスタート 方式。つまり2人ずつ走る方式で、途中でインとアウトを交替して公平に するようになっています。結果はタイムで争われますので、実際の敵は今 そばで走っている人ではない場合も多いです。

スピードスケートは現在500mの世界記録が34秒くらい。平均時速に直すと 約52kmくらいの速度になります。初期の段階では屋外にリンクが設置されて いましたので気象条件に左右され、1984年のサラエボ五輪でも日本のエース 黒岩が強風に泣かされて低い成績に終わりました。

1988年のカルガリー大会で初めて室内リンクが使用されましたが1992年の アルベールビル大会は屋外でした。しかし1994年のリレハンメル大会以降は 室内リンクでの開催が続いており、ISUは今後のオリンピックは原則として 室内リンクで開催する方針としています。更に長野オリンピック以降、氷の 作り方に工夫を凝らした「高速リンク」が採用されています。

高速リンクの作り方というのは色々あるようですが、基本はまず水の成分と 氷温。基本的には純粋な水に近いほど滑りやすく、長野五輪では浸透膜を使っ て不純物が極端に少ない水を確保しました。また氷は結晶の底面が一番滑りや すいため、長野の場合、自然の氷穴にできた氷筍を切って並べ、その上に水を 入れて結晶を成長させていました。

1997年頃からトップスケーターの間で急速に普及したのがスラップスケート です。これはかかとが離れる方式のスケート靴で、足を後ろへ押しやった時に ブレードがそのまま全面氷上に残るのが特徴。そのため足にかかる力の負荷が 分散し、足首のスナップをきれいに滑りに反映させることができます。加えて 筋肉の疲労が小さいとあって、元々は医学的な見地から生まれたものですが、 「疲れにくい」ということから、最初長距離の選手が使い出しました。

しかしこのスラップによって次々と従来の記録が塗り替えられていったため 短距離の選手も試すようになってきて、長野オリンピック以降はスラップを 使わなければ短距離でもトップは狙えないという状況になりました。

★今日の特集 ウィンタースポーツの世界(11)スケート-3

ショートトラックは一周が 111.12 mのリンクで競走をする競技です。なぜ こんな中途半端な距離なのかというと、これはフィギュアスケートと同じ リンクを使用して行う競技だからです。フィギュアスケート用のリンクは 40m×60mのサイズですので、これに内接する長円のサイズは165mという計算 になりますが、ここで一周を100mにするとカーブの半径がわずか10mになって、 カーブがきつすぎますし、120mにするとコースと壁との間の距離が7.2mで 衝突の危険が増える、ということで、4.5周で500mになるように、500÷4.5 =111.1111 という計算からこの距離が策定されました。ここでカーブの 半径は11.3m, 壁との距離は 8.7m になります。

ショートトラック用のスケート靴はスピードスケートに使用するものより ブレードが左側にずらして作られており、急なカーブをまがりやすいように なっています。

ショートトラックはスピードスケートと違って、タイムではなく順位を争う ものです。また2人ではなく4人程度で同時にスタートしてコース分けは されていません。抜くのも他の選手の妨害をしない限りいつでもOKです。
ですから相手の後ろについて風よけに使わせてもらったり、カーブを利用し て一気に抜き去ったりなどといった、駆け引きが多用されます。

リレーの方式もスピードスケートととショートトラックでは全く異なっていま す。スピードスケートのリレーでは全員が同じ距離を滑走し、バトンによる 受け渡しが行われ、バトンを渡すのは定められた区域内です。そしてバトンを 受ける側は静止状態から加速し始めてバトンを受け取らなければならないこと になっています。

しかしショートトラックのリレーでは各選手は何メートル滑ってもよく何度 でも交替して滑ることができます。最後の2周を除いてはいつどこで交替して もよく、次の選手は前の選手と併走して、前の選手が次の選手の背中を押す ことによりリレーされます。誰とどこでリレーするかというのも、駆け引きの 一部になります。

なお、オリンピックでは実施されませんが、ショートトラックとスピードスケ ートの中間の形態のものでシングルトラックという競技があります。これは 一周384.18m という、これまた中途半端なサイズのリンクを使用します。

トラックは区別されておらず数人の選手がダンゴになってスタートしますが、 この競技に特徴的なのは「責任先頭制」というシステムです。これは集団で 先頭に立つのは風を最も強く受けることになるため、これをみんなで交替で 務めなければならないというものです。距離に応じて最低何度先頭に立たな ければならないかというのが定められており、この規定を守っていない人が 最終的に先頭でゴールしても1位とは認められないことになっています。

なおシングルトラックのリレーは基本的にはスピードスケートのものと同様 ですがリレゾーンでバトンを受け渡しさえすれば、各自が滑る距離はバラバラ であってもよいことになっています。(ショートトラックのように2度滑る ことはできない)

★今日の特集 ウィンタースポーツの世界(12)スケート-4

フィギュアスケートというのは、元々は先日説明した「ダッチロール」から 出発したものです。ダッチロールでは弧線を描きながら氷上を滑るのですが 19世紀半ばころ、このように氷上に色々な図形を描く遊びが流行り始めます。
そこで、そういう「図形(figure)を描く競技」として、フィギュアスケート は生まれました。

フィギュアスケートの演技種目として以前行われていた「コンパルソリー」と いうのは、この規定図形に正確に沿って氷上を滑る技術を競っていました。
この図形は3つ作られ、それぞれを右足・左足できちんと滑られたら3×2で 6点になります。後にフリー演技が追加された時も、この「6点満点」という のが踏襲されたため、現在でもフィギュアスケートは10点ではなく6点が満点 になっています。

このコンパルソリーが廃止されて代わりにショートプログラムになってしまっ たのは、コンパルソリーが「単調でTV映りが悪い」からです。そのため現在 では、情緒性の高い美しいスケーティングができる選手の採点が以前よりは 良くなるようになっています。

そのフリースケーティングの元祖といわれるのはジャクソン・ヘインズです。
ヘインズは元々バレエの人で、バレエのポーズをスケートに取り入れると共に ウィンナワルツを流しながらスケーティングするということを思いつきました。
現在ではフィギュアスケートに音楽は不可欠の要素になっていますが、最初か ら音楽がそこにあった訳ではありません。ヘインズはシット・スピンの考案者 でもあります。


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