性の越境=時代の越境

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■性の越境=時代の越境
Drop Out

非常に不思議なことに、昔から時代を変える役割を果たす人たちは女装していた。

鎌倉時代頃に「悪党」という人たちがいた。例えば建武の中興で活躍した、楠木正成などは悪党の親分である。後の言葉でいえばヤクザか山賊に相当する。

彼らは女性用の着物をだらしなく着るのをそのシンボルとしていた。それは「社会から落ちこぼれた者」ということを自己主張していたのである。そのため、男の服ではなく女の服を身につけていたのであろう。

この悪党の一部が忍者のルーツになったともいわれる。

楠木正成などは華々しく活躍したが、一般に当時の悪党たちは社会の構造を下層から破壊していく働きをしていたようにも見える。

鎌倉時代まではまだ貴族が力を持っていた時代である。しかし室町以降は武士がそれに代わる存在となっていくのである。

Drop Out 2

時代が200〜300年進んで江戸時代、町奴・旗本奴という者たちがいた。現代のヤクザにかなり近い存在である。

彼らがまた昔の悪党と同様、女物の服をだらしなく着ていたのである。

彼らの存在は侍と町人という厳然たる身分社会の境界を破壊する役割を果たしたともいえる。彼らが活動した時代頃から、町人の力が強くなっていく。

近代社会の黎明の時である。

Drop Out 3

戦後、昭和30〜40年代の頃、ヒッピーという人たちがいた。

彼らはそれまで女性のみの属性であった「長い髪」の持ち主である。

彼らが主導したのは「国家から個人」への価値転換であった。日本では戦前の価値観が崩壊して戦後の新しい価値観が定着していこうとしていた。アメリカではベトナム戦争に反対する若者たちが消極的な抵抗の仕方をしていた。そういったものの象徴がヒッピーであったともいえる。

Revolution

そこまで考えた時、私は突然思考が太古に飛んでしまった。

日本の古代にはなんと女装の革命者がいたではないか。

ヤマトタケルである。彼はちょっとしたことから実の兄を殺してしまうほどの乱暴者である。しかし、女装してクマソの親分に近づき、刺し殺すなどという、こしゃくなまねをしている。女装ができたということは、ある程度背が低く、また顔も美しかったのであろう。美女に化けることができなければ、敵の親玉のそばまで寄ることは難しい。

ヤマトタケルは大和朝廷の勢力範囲を大きく広げた人物である。その彼にとって女装はひとつの武器であったのだろう。

Revolution successor

ヤマトタケルの後継者たち。

時代の変わり目はやはり豪勇な美少年たちがいた。

日本の国家の基礎を作った聖徳太子。

武士の時代を切り開いた源義経。

島原の乱の総大将・天草四郎。

新撰組の切込隊長・沖田総司。

彼らはその規模は違うが、みな何かしら時代を大きく動かすのに荷担した。そしてヤマトタケルを含めて、全員みごとに挫折しているのである。

しかしあるいは挫折した故に彼らは美少年として語られるのかも知れない。女装させたくなるほどの美少年として。



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