広がる女装者たち

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■広がる女装者たち
女装者のための空間

1979年東京に女装クラブとして有名な「エリザベス」がオープンした。

この店は最初は普通のランジェリーショップであったが、オーナーは客の中にかなりの比率で男性がいることに注目。これは恋人や妻へのプレゼントではなく、自分が着るために買っているのではないかと考えた。そこで店を大胆に、男性向けのランジェリーや洋服・靴などを売るショップに衣替えし、その次の段階として、この店のファンの男性たちが買った服を誰にも遠慮せずに身につけられる場所として、店の上の階を提供したのである。

これが「エリザベス」の始まりであった。この店はたちまちマスコミに取り上げられ、更に多くの女装者たちが集まる。この時代エリザベスに集まった人たちは、ある程度の経済的基盤はあり女装のためにお金は使えるが、そのことは妻や家族には内緒にしておきたいという人たち、女装はしたいが女装のまま町を出歩くのは怖い、という人たちが多かったものと思われる。

女装雑誌の創刊

1984年女装雑誌「クィーン」が創刊される。雑誌の中身は半分は女装や性転換のための知識や役立ち情報、女装小説等、残りの半分は読者からの写真付きお便り兼交友申込みコーナーであった。

この雑誌がまたマスコミに取り上げられ、部数を伸ばす。

この雑誌は全国にたくさんの女装者が存在することを確認させ、そういった人たちに大きな安心感を与えた。また女装の初心者などで、お化粧のまだ下手な人、女性的な体形を持っていない人の写真も多く掲載されたことは多くの女装志向者に勇気を与え、女装者の裾野をかなり広げる役割も果たしたものと思われる。

この雑誌はまた、東京などに行けない地方の女装者にも多くの情報を提供した。

マスメディアの影響

マスメディアの影響として特筆すべきなのは、第一にカルーセル麻紀、第二に松原留美子、第三に笑っていいとも、である。

カルーセル麻紀の美しい女体がテレビで公開されたこと、いっさいからだをいじっていない松原留美子の美しい姿が公開されたことは、全国の女性志向者に勇気と目標を提示した。ある者はそれで性転換をめざし、ある者は女装の極致を目指したのであろう。

カルーセル麻紀はバラエティなどを中心に活動し、松原留美子は短期間ではあったが映画・ドラマなどに多数出演した。

1980年代後半「笑っていいとも」は「ミスターレディの輪」と称して、野々スミレ、矢木沢まり、近藤とし、朝川ひかる、浅野せいこ、などといったニューハーフたちを多数紹介した。その美しさにあこがれて、自分もあんなふうにきれいになりたいと思った男の子たちも多数いたと思われる。そして何よりも、笑っていいともは「ニューハーフという生き方」が存在することを人々に教えてくれ、社会的な認知を勝ち取ったのである。

これ以降、男の子が女の子として生きるという生き方は、例外的なものではなく、ひとつの人生の選択であるとみなされるようになったといっても過言ではない。

女装ネットの活動

1990年代に入ると、EON,SWAN,FAIRYといった、女装者のためのパソコン通信ネットの活動が盛んにおこなわれた。

これらのネットは女装者のための情報交換に大きな力を発揮した。これらのネットの活動により女装や性転換、またホルモンなどの知識が正しく伝達されることになる。ネットの活動は女装に興味は持っていても、どのように始めていいか分からない人たちに多くの情報が提供され、また東京や大阪などでは盛んにオフがおこなわれて、これらの地域に住んでいる人たちは女装で外出する勇気を持つようになる。

これらのネットはアングラ情報や違法行為などは一切流さず、適法な範囲で活動した善良なネットである。それ故に多くの人に支持されたものと思われる。こういうネットで闇の去勢手術をおこなっている医者のリストが流れていたりしないか、などと思うのは大きな誤解である。

1990年代後半にはインターネットの隆盛により、これらのネットは他のBBS同様、次第に閑散となっていく。

しかしインターネットは海外の性転換者が自分の経験を語ったホームページなどを日本で自宅や会社にいながらにして見れる状況を作り出した。これ以降、日本国内では乏しかった性転換に関する情報も豊富に流れ込んでくることになる。

女装でないクロスドレッサーたち

1990年代後半は女装ではなしに女性の衣服を身につける男性たちの活動が目立ってきた。

ひとつはコミケである。普段女装の趣味の無い人もコミケで、女性のキャラに仮装するケースはよくあった。それがうまくいっていると、みんなから「可愛い〜」とか「きれ〜い」とか誉められて、本人も悦に入るのである。

しかし女性キャラに扮装したのが誉められたからといって女装がクセになるというのは必ずしも成り立たないことであった。それは彼らにとっては女性の服を身につけるのも、単なる「服装」にすぎないからであり、前世代の人たちのように「女装」と意識する必要はないからである。

ひとつはロックバンドである。ロックバンドの男性メンバーがステージで派手な化粧をしたりスカートを履いたりすることはよくおこなわれた。その傾向は1997年にデビューしたSHAZNAのIZAMで最高潮に達し、IZAMの登場によって、男性のスカートルックはタブーではなくなったと言ってよい。

1997〜1998年頃は町でかなりの頻度でスカートを履いている若い男の子を見かけた。

その後も、特に若い男性の間でスカートを穿くことは必ずしも変なことではなくなった感があり、一般化はしていないものの、「女装でないスカート」は定着してきつつあるといえるであろう。



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