とりかえばや物語

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■とりかえばや物語
古典的入り替わり物語

「とりかへばや物語」はだいたい12世紀半ばに成立し、その後12世紀末期に改作されたものが、現代に伝えられていると考えられる。13世紀初頭には元のものを「古とりかへばや」、改作版を「今とりかへばや」と呼んでいたことが知られている。無名草子(1201頃)は「古」に比べて「今」が物語の筋立てや文章表現などでひじょうに良くなっていると評価している。以下、まずはあらすじを見ていく。

男女逆転の姉弟

権大納言には男の子と女の子がいて、ふたりとも美しくまたよく似た顔立ちであったが、男の子の方は女性的、女の子の方は男性的で、父親をひじょうに悩ませていた。やがて本来の性に応じた感じに変わっていくかとも期待していたが、どうにも無理なようなので、仕方なく女性的な男の子を「姫君」として、男性的な女の子を「若君」として育てることになる。

やがて「若君」の才覚が知れ渡ると、天皇からぜひ出仕させるようにと言われる。天皇の命とあらば仕方なく、「若君」は男として元服し、天皇の侍従として仕えることとなった。

一方の「姫君」も美貌という評判から帝からもその弟の東宮からも、ぜひ傍にと所望されるが、さすがにそういう訳にはいかない。権大納言は「極度の恥ずかしがり屋なので」といって申し出を断り続けた。またその頃、「若君」と知りあい仲良くなった宰相中将が、彼によく似ているらしいという「妹」にも関心を持ち、ぜひ仲介してくれと「若君」に頼むが、これもさすがに受けることはできず、何とか断り続ける。

そのうち帝が退位し、東宮が即位する。そして先帝のただひとりの子である女一宮が女ながら東宮に立った。権大納言は左大臣に昇格、「若君」も三位中将となる。

ここで左大臣の弟の右大臣から、自分の娘、四の君を三位中将の嫁にしてほしいという申し出がある。焦った左大臣だが、左大臣の奥方は「あのお嬢さんはまだ幼いから何とかなるのでは」といい、三位中将と四の君の結婚が成立してしまった。

一方相変わらず家に籠もって過ごしていた「姫君」に、東宮(女一宮)の尚侍として仕えさせないかという話が来る。誰かの嫁にという話ではないし、それならまあいいかと父親も開き直り、「姫君」は宮中に仕えることとなった。

混線につぐ混線

物語中盤ではこの性別が逆転している姉弟と、プレイボーイで話のひっかき回し役の宰相中将を軸に、様々な男女関係が成立し、話はどんどんややこしくなっていく。とりあえずかいつまんで見ていこう。

まず、東宮(女一宮)の傍に仕えていた尚侍(姫君)はハプニング的に東宮と性的関係を結んでしまう。ふたりの関係はその後ふたりだけの秘密として続いていった。

一方でなんとか尚侍に近づきたいと思っていた宰相中将は手がかりを得るため中納言に昇進した「若君」のもとを訪れた折り、四の君を見て魅せられてしまい、そのまま関係を持ってしまう。そしてその時点で彼女が処女であったことに気付いた宰相中将はなぜ中納言がこの姫と一切関係を持っていなかったのかいぶかしく思う。

やがて四の君が妊娠する。四の君の父である右大臣はなかなか子供ができないのにやきもきしていたので大喜びするが、中納言は当惑してしまうとともに、四の君を愛してやれない自分を顧み、彼女に申し訳ないという気持ちが募った。やがて四の君は女の子を出産した。

さて、四の君との関わりを続けながら尚侍のことも忘れられない宰相の中将は何とか兄の中納言を口説き落として妹との仲介をと考え、ちょうど左大臣宅に戻っていた中納言を訪ねていく。四の君のことに関してそれぞれ後ろめたい気分を持っているふたりは歌など詠み交わしているうちにおかしな雰囲気になってしまい、結局そのまま性的関係を持ってしまう!

中納言は宰相中将に自分にはできないことなので四の君を慰めてやって欲しいと頼み、宰相中将も積極的に中納言邸を訪れて四の君との関係を続けるが、一方で中納言自身のほうにも熱心にアタックを続け、こちらの関係も続いてく。そして、とうとう中納言は妊娠してしまった。

役割交換

妊娠してしまった以上、どこかに身を隠して女に戻り出産するしかないと宰相中将とも話し合って決めた中納言は、右大将に昇進した直後、宇治に引きこもって女の姿に戻った。しかし突然の右大将の失踪に都では大騒ぎになり、また四の君と宰相中将の密通がバレて、四の君は(その浮気が右大将の失踪の原因では?と責められ)父親から勘当されるハメになる。全ての原因を作った宰相中将は宇治と都を往復しながら、双方をなだめるのに大忙しとなる。

ここでそれまでほとんど何も活躍をしていなかった尚侍(姫君)が突然行動を開始して、この物語は終盤へと怒濤のように進む。

尚侍はこの事態は自分が何とか解決するしかないと決断。右大将の失踪でショックを受け自宅に引きこもっていた左大臣の看病と称して宮中を出て、母親の協力などで尚侍が左大臣宅にいるように見せかけておいて、髪を切り男の服を着て、姉君の消息を探しに姉君が親しくしていた吉野の隠者のもとを訪問する。

吉野でも手がかりを得られず困っていた弟君であるが、やがて姉君が男の子を出産。少し落ち着いた所で吉野に手紙を出した。それを見た弟君は使者に問いただして姉君の居場所を知り、駆けつける。かくして男装の弟君と女装の姉君が無事巡り会うことができた。

弟君はふたりの顔立ちがそっくりであることを利用し、いっそのこと今までのふたりの役割を交換し、姉君が尚侍として、自分が右大将として都に戻ればよいということを提案する。最初は産んだばかりの子供のこともあり、また厭世的な気分になっていて渋っていた姉君だったが、やがて自分たちの道はそれしかないと決断。子供を置いたまま、弟君とふたりで宇治を出て吉野に身を寄せた。そしてふたりはそれぞれ、弟君は男としての教養、姉君は女としての教養に欠けていたので、お互いにそれを教えあい、都への帰還準備を進める。

やがて四の君はふたりめの子供を出産する。この場に及んで右大臣も四の君の勘当を解いて孫の誕生を喜んだ。そして男女を入れ替えた姉弟が都に帰還した。またその頃、東宮も妊娠していた(当然「元尚侍」弟君の子だが東宮は父親が誰かということを言えずに困っていた)。出仕した「新尚侍」は弟からの謝罪の手紙を東宮に渡し、事情を説明する。結局、東宮と新右大将の関係はそのまま続いていく。東宮が出産した男の子は密かに左大臣家に移され、右大将がとある女性との間に作った子として育てられることになる。

大団円へ?

四の君は久しぶりの夫の帰還に(あなたの失踪のおかげで父親から勘当までくらったなどと)文句も言うが、その夫が自分に初めて性的な関係を求めてきたことに驚く。この後、四の君は宰相中将と関係を持つことはなく、(新)右大将と睦まじい夫婦となっていく。

またかねてより尚侍に心を寄せていた帝はついに(新)尚侍の部屋への侵入に成功。性的な関係を結んだ。帝は尚侍が処女でなかったことに気付き、今まで自分がどんなに口説こうとしても拒んで来たのは、好きな男がいたからであったかと考え、またそれを言えなかったのはおそらく相手が身分の低い男だったからだろう、などと勝手に想像した。しかしその後、帝と新尚侍(姉君)の関係も親密さを増していく。やがて尚侍は妊娠。男の子を出産した。

また一方、四の君もやがて三人目の子供(男の子)を産んだ。一応三人とも公的には右大将の子ということにはなっているが、実は上2人は宰相中将の子で3人目が本当の右大将の子であることは、右大将・尚侍・四の君・宰相中将の4人だけの知るところである。右大将は新たに屋敷を構え、吉野の姫君の姉の方と四の君を妻として迎え入れた。

さて、この物語でいちばん哀れなのが宰相中将である。京都の四の君と宇治の右大将の間をせわしく走り回ってお世話していたはずが、右大将は生まれたばかりの子供を置いて突然の失踪。一方の四の君は勘当が解けて右大臣宅に戻り、なかなか近づけない。やがて右大将が京都に帰還したというので喜んで会いに行くが、髭をはやしていて、度肝を抜かれる。

あまりに憔悴している宰相中将に、右大将は吉野の姫君の妹君との結婚を勧めた。実際会ってみると好みの美人なので、宰相中将も乗り気となり、めでたく婚儀となった。妹君は元右大将が宇治で産んだ宰相中将の子を母親代わりになって育てていく。

やがて東宮(女一宮)は病気を理由に東宮の地位を退位。新尚侍が産んだ男の子が新たな東宮となり、尚侍は中宮に昇進した。右大将は内大臣となり、宰相中将は大納言となる。

また女一宮と元尚侍との間に出来て左大臣宅で育てられていた子は、内大臣と吉野の姉君との間に子供ができなかったので、その間の子として育てられることとなった。

みんながそれぞれに幸福な生活を見出していった中で、ひとり大納言は(姉弟の入れ替わりに最後まで気付いていないので)成長する息子に母親の面影を見つつも、恋しい思いが蘇ってきて、ためいきをつくばかりであった。

典型的な入れ替わり話

そっくりの顔立ちの姉弟が入れ替わるというパターンの物語は、まるやま桂の「ユキとケイ」(1980)など、多くあるが、なんといっても「とりかへばや物語」はこの手の話のルーツである。

入れ替わりというと映画「転校生」などで広く知られる、男女の精神が入れ替わってしまうパターンもあるが、身体の交換が起きずに、男装女性と女装男性を同時に描き込む方式は、物語が破綻しやすいので、それを破綻させずにうまく描ききったところが、この「とりかへばや物語」の凄さである。この物語は長い間低俗な小説として低い評価をされてきて、近年になって急に脚光を浴びてきた感もあるのだが、私もこの作品は凄い作品だと思う。

この物語で面白いのは、前半では主に「若君」が活躍していて、「姫君」は消極的な行動に徹しているのに対して、後半でふたりが性別を元にもどしたあとは、弟君の活躍が目立ち、姉君は流されていく感じの行動しかしていない点である。つまりこの物語主人公は、ずっと「右大将」なのである。

男装・女装という「仮面」を外したとたん、ふたりの行動性も逆転しているのが面白い。案外人は自分の外的な仮面につられて社会的な行動をしているものなのである。誰にも心の中に男性的な部分、女性的な部分の双方を持っているのであろうが、仮面としてかぶっている性のほうが、そのまま表に出やすいのであろう。

しばしば何かの余興で女装させられたのがきっかけで、女に目覚めてしまい、女装そして性転換へと進んで行ったという人もいるが、実はもともと女性的な部分のほうが強かった人が、男の仮面に隠れて半ば無意識に女の部分を抑圧していたのが、たまたま女の仮面を被せられたのを機会に、本来の自分の性のあり方に気付いてしまうのではないかとも思われる。

仮面を付け替える

物語の中盤で右大将(若君)が女の服を着て、眉毛を抜き墨でアイブローを描き、おはぐろを付けるシーンがある。それまでも充分彼女に魅力を感じていた宰相中将も、この「女への変身」で彼女が物凄く美しさを増したのを感じるのだが、おそらく彼女自身もこの変身で内面的な変化が生じたのではないかと思われる。

一方の尚侍(姫君)も、最初は母親から「今まで女として生きてきたのに急に男になるのは無理だ」と反対されるものの、自らの意志でばっさりと髪を切り、男の服を着て凛々しい姿になったのを見ると、母親も驚き、その後は息子の行動を支援してくれる。

姉は仮面を男から女へと変えたことで内面の変化が誘発されている感じであるのに対して、弟は内面的に女から男へと変化したことから仮面を変えた感じであるのも面白い。



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