心の壁を崩そう

↑
■心の壁を崩そう
性転換者数の謎

つねづね不思議だとされることがあります。それは性転換者の男女比です。調査にもよりますが一般に男性→女性の性転換者は女性→男性の性転換者の10倍程度あるとされます。なぜこんなに差が出るのでしょうか。

中世から近代にかけて男尊女卑の傾向が世界的にあり現代でもその影響がまだひきづられている状態で、普通に考えると「より劣った」女性から「より優れた」男性に変わりたいと考える人の方が多くなりそうなのに現実は逆です。それはなぜなのでしょう。これについて色々な説があるようですが結局はよく分からないようです。

一番面白いと思ったのは黒柳俊恭氏の説で、男性はよりすぐれたものであるから劣ったものである女性にもなれるだろうという考えで、男性から女性への性転換者が多いのではないかというものです。

男性の心の解放を

私はこうではないかと思います。一般に人は制限されると反発するものです。ですから中世から近代にかけて女性の社会的行動に制限がかけられている中で多くの女性たちがその制限を打破して種々の足跡を残しています。

性転換に関していえば逆の事情があるのではないでしょうか。社会的行動においては女性に制限がありましたが、個人的行動においては逆に男性の方に制限が多かったのではないでしょうか。「男性は泣いてはいけない」とか「男性はスカートをはいてはいけない」とか「男性が台所に立つものではない」とか、個人的な行動レベルでは男性の方に制約が厳しいように思われます。

戦前の日本など、女性が言論集会などに出ることが禁止されていました。そこで女性たちは男装してまで集会に出ました。婦人運動が起こり、女性にも社会的権利をという動きが強くなっていきます。

現代では女性は泣いてもいいし主張してもいいです。スカートを履いてもよければズボンを履いてもいいです。女性は少しずつ制約から自由になってきました。しかし男性はまだまだ未解放の状態です。別に男が泣いても構わないでしょうし台所に立っても構わないでしょう。スカートだって履きたかったら履いていいのではないでしょうか。

もっともっと男性が解放されていけば、自ずと性転換者の比率は1:1に近づいていくように思われます。ほんとうは男性こそ、ジェンダーの鎖から解き放たれるべきです。

制約を打破しよう

世の中にはまだ色々な制約が残っています。こういうものはどんどん打破して行きましょう。一番の問題は心の壁です。そして心の壁を打破するのは勇気ある行動しかありません。

会社の役職

会社の役職者は男性でなければならないと考える人たちがいます。また男性の役職者でないと対外的に信用されないと主張する人がいます。

ナンセンスです。このような風潮はなくしていきたいものです。女性もどんどん責任ある地位について活動すべきです。また逆に自分たちは責任のある立場にはつかなくていいんだ、という一部の女性に見られる安易な思想も改善すべきでしょう。

家事の分担

育児、料理、洗濯、掃除、裁縫などは女性の仕事で、大工仕事、力仕事は男性の仕事という風潮があります。仕事で疲れて帰ってきた妻に頭ごなしに「めしはまだか」と新聞を読みながら言う化石的な夫もまだまだ随分生存しているようです。

家庭は夫と妻とで作る共同体ですから、各種の作業はすべて共同でやるべきです。男が育児、料理、洗濯、掃除、裁縫をしたっていいですし、女性が大工仕事をしたって構わないでしょう。まぁ赤ちゃんの授乳など物理的に女性しかできない仕事は仕方ありませんが。

お茶出し

多くの会社でお客さんにお茶を出すのは女性の仕事とされています。そのため手があいている男性社員がいても忙しくしている女性社員が仕事を中断させられてお茶出しをしているケースもよくあります。

別にお茶くらい男がいれても女がいれてもいいのではないでしょうか。こういうふざけた風潮もなくしていきたいですね。お茶なんて手があいている人がいれればいいんです。お茶だし専用に女の子を雇っている会社などはとんでもないですね。

スカート

普段はジーンズばっかりという女性も増えてきていますが、会社の中ではスカートの着用を義務づけている所も随分多いようです。パンツルックでお客さんの前に出るのは失礼だなどという人も多いのですが。

なぜスカートならよくてズボンはいけないのでしょう?不思議ですね。お客さんが女性の足を見たいから??でもたいていストッキングはいてますよね、スカートの時は。訳の分からない制約は取り払いたいものです。

スカート

男性のスカートはSHAZNAのIZAM以降、少なくともタブーではなくなったようです。一時期、大阪のアメリカ村近辺でスカートを履いた男の子たちがかなり目撃されたそうですし、男性タレントが写真撮影などでファッションとしてスカートを身につけているケースはあります。

多分、現在の若い男の子たちはスカートを履くことにそんなに抵抗感を持っていないのではないでしょうか。ファッション・ショーなどでは男性のスカート・ルックが出ているようですし、男性のスカート・ファッションは定着すると面白いと思います。

得意な仕事

先に見た役職の問題とも関連しますが女性は地味で細かい仕事が得意であり男性はダイナミックで力のいる仕事が得意である、などという信仰が存在します。

そんなの性別より個人差の方が大きいのではないでしょうか。

荒っぽい女性もいれば細やかな男性もいます。その個人差を無理矢理左記のようなステレオタイプに当てはめて、「もっと女らしくおしとやかにしなさい」とか「もっと男らしくしっかりしなさい」というのは間違っていると思います。

結婚後の姓

日本ではほとんどの夫婦が結婚する時夫の姓を称しています。不公平ではないでしょうか。

ただ、この問題は複雑な事情をはらんでいます。実は夫の姓を名乗ることができるようになったのも、女性の地位の向上を背景にしているのです。 明治の頃は大家族制が強く生きていましたので、妻が結婚してもなかなか家族の一員としては認めてもらえず「よそ者」扱いで、子供が生まれてある程度大きくなって、やっと「じゃそろそろ籍を入れてあげてもいいか」ということになり、婚姻届が提出されるというケースが多かったようです。

女の子しか生まれなかった場合は籍を入れてもらえないケースもあったものと思われますし、結婚して数年たっても子供が全くできない場合は、そのまま実家に帰されるケースは更に多かったと思われます。つまり、夫の姓を名乗ることはそのファミリーの中に入ったことを社会が保障してくれる重要な象徴でしたし、戦後、結婚したらすぐに籍を入れる風習に変わったのは、女性の地位の大いなる向上を表していたのです。

しかし現代のように核家族が普通になった場合、逆に姓を統一することの方が不自然になってきています。明治以前のように、結婚しても姓を変えなくても構わないようにするべきでしょう。むしろ原則夫婦別姓の風潮にしていった方が、女性の自立を促進するのではないでしょうか。

男女別名簿

随分減って来ましたが、学校の一部でまだ男女別名簿を使っているところがあります。

男女別名簿は意味がないと思います。混合名簿にすべきでしょう。人は合理的な理由があれば区別をすることが許されますが、学校の授業において男女を分けることには正当な理由はないと思います。男女別名簿はことさら「男が先で女が後」という意識を子供達に植え付けていると思います。

男女別授業

技術家庭科や体育で男女別授業をする学校がまだ随分残っているようです。

男子には技術のみ、女子には家庭科のみを教える所が多数あります。また男子には体育で格闘技を課して女子にはフォークダンスなどをやらせている所も多いです。

非常にナンセンスであると思います。授業を分割するのであれぱ、性別で分けるべきではなく、本人の希望で分けるべきです。女子でも格闘技をしたい人はいますし、男子でも料理などやりたい人もあります。女子でも木工や電気工作の好きな人はいるし、男子でもダンスの好きな人はいます。逆に女子で裁縫が嫌いな人もあれば男子で格闘技はしたくないという人もいるはず。性別によって強引に何かを教えるという考え方には賛同できません。




(C)copyright ffortune.net 1995-2016 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから