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関東大震災

9月1日は防災の日です。この記念日の由来は有名ですね。関東大震災を契機に防災意識を高めるため昭和35年に制定されたものです。

関東大震災が起きたのは大正12年(1923)9月1日11:58です。5年前の関西大震災が早朝であったのに対して、この地震はお昼だったためどこの家庭でも昼食の準備をしており地震直後から多数の火の手が上がりました。このため火事による死者が凄い数にのぼり、この震災での死者行方不明数は14万2千人という空前の数字になっています(うち地震そのものによる死者は2千人程度といわれる)。日本史上最大の自然災害です。(関西大震災の死者不明者は6427名)

この地震の際、色々なデマが飛び回りました。この地震はヨーロッパが日本を潰す為に起こしたものであるというデマ、朝鮮の人が暴動を起こそうとしているというデマ、無政府主義者が革命を起こそうとしているというデマ。これらのデマは関東のみでなく全国にもの凄い広さで広まり、全国各地で朝鮮系の人や外国人が襲撃される事件が起き、この為に朝鮮系の人だけでも7千人ほどが命を落としたといわれます。また無政府主義者の大杉栄・伊藤野枝らもどさくさにまぎれて惨殺されています。

当時大正天皇は病弱で皇太子裕仁(昭和天皇)が摂政を務めていました。皇太子はただちに連絡の取れる限りの閣僚を皇居(自体も被害を受けたので)の前の広場に集めて、復興のための最善の手段を取るように指示しました。

当時内務大臣であった後藤新平(元東京市長。後満州鉄道総裁。新幹線の父)は翌日には復興と新しい都市作りの計画をまとめ閣議に掛けました。この計画が完全に実現されていたら東京は非常に美しい都市に生まれ変わっていたのでしょうが、議会の反対などでかなり縮小されてしまいました。東京はこのあと太平洋戦争の大空襲でも再び焼け野原になって都市計画には再び大きなチャンスが来るのですが、この機会には後藤のようにすぐに計画を立てる者もなく、結局ゴチャゴチャした町並みが残ることになります。

関東大震災・太平洋戦争の死者の方々の冥福を祈って。合掌。


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