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江戸川乱歩(1894-1965)

明智小五郎シリーズなど多数の探偵小説を世に送り出した江戸川乱歩(本名平井太郎)は1894年(明治27年)10月21日、三重県名張町に生まれました。父は名張郡役所の書記でした。3歳の時に父の異動に伴い名古屋へ移り住み、この地で尋常小学校・高等小学校・中学校と進み、1912年に愛知県立第五中学を卒業します。父は4年前に貿易関係の仕事をする平井商店を興していましたが太郎が中学を卒業して3ヶ月後に倒産。一家は朝鮮に渡りますが、太郎はすぐに単独で帰国。早稲田大学の予科に入ります。そして湯島天神の活版屋雲山堂に住みこみ、苦学を始めます。そしてそれと同時に彼の華麗な職業遍歴が始まりました。

 1913 大学部に進級。封筒貼りなどの内職1914 自治新聞の編集手伝い1915 市立図書館の貸出係,英語の家庭教師1916 大学卒業。貿易商の仕入係, 徴兵検査1917 弁士,タイプライター販売員,鳥羽造船所電機部(-1919)1919 古本屋,雑誌の編集,支那ソバ屋。村山隆子と結婚1920 東京市の職員,時事新報の記者1921 日本工人倶楽部書記長。長男誕生。1922 ポマード瓶の意匠宣伝印刷,弁護士助手1923 大阪毎日新聞広告部

秀作「二銭銅貨」のアイデアを考えたのが一時的に失業していた1920年のことといいます。妻からお金が尽きてしまったけど、どうしようと言われ、わずかに手元にあった二銭銅貨を見つめているうちにこのことを思いついたとも。ちなみに1920年頃の物価では二銭というとアンパン1個の値段です。この作品は1922年の秋に書き上げられ「新青年」に原稿を送ります。そして1923年の同誌4月号に掲載されました。そして1924年の年末に作家活動に専念することを決意して毎日新聞を退職。その年の11月に執筆して翌年の新青年2月号に掲載された「心理試験」そしてそれと前後して発表された「D坂の殺人事件」が好評で、それにより実際作家として生活していけるめども立ったのでした。この頃、後に彼の編集者となる横溝正史との交友も始まります。この後しばらくの作品年譜を見てみましょう。

 1923 二銭銅貨1925 D坂の殺人事件,心理試験,屋根裏の散歩者,人間椅子1926 人でなしの恋,パノラマ島奇譚,一寸法師1928 陰獣1929 孤島の鬼,芋虫,押絵と旅する男,蜘蛛男1930 魔術師,黄金仮面,吸血鬼1931 白髪鬼,恐怖王1934 人間豹,黒蜥蜴1936 緑衣の鬼,怪人二十面相,大暗室1937 少年探偵団,幽霊塔,悪魔の紋章1938 妖怪博士1939 暗黒星,大金塊,地獄の道化師,幽鬼の塔

1925年から1930年にかけては当時の世相や文学上の流行に連動して耽美な作品が続いています。「屋根裏の散歩者」「人でなしの恋」などの倒錯度は凄まじいですし「蜘蛛男」「黒蜥蜴」などの凄惨さは子供の内にこういう本を読めば完璧にトラウマになってしまうでしょう。しかし彼は1932年頃に2度目の休筆宣言(1度目は一寸法師の後)をした付近から明らかに著作のペースを落としています。二二六事件などを契機に世の中がどんどんきな臭くなってきた世相を反映していました。

その中彼は1936年こんな世の中だからこそ子供達を元気付けようと、初めて少年向けの小説「怪人二十面相」を世に送り出します。黄金仮面・黒蜥蜴などのような冷酷な殺人者とはうってかわって血の嫌いな怪盗・二十面相を登場させ、主役も本来の探偵・明智小五郎ではなく、その少年助手の小林少年をメインにしています。この路線は1937年「少年探偵団」1938年「妖怪博士」と続きますが、1939年彼の作品は官憲により全て発禁処分となり、終戦まで事実上著作活動ができなくなってしまいました(戦時中は小松龍之介の名前を使用)。

なお、小林少年の初登場は1930年の「吸血鬼」の事件です。その前に同年の「魔術師」の事件で文代が登場しており、「吸血鬼」の事件で明智小五郎と結婚しています。

さて戦争が終わってから1946年乱歩はアイリッシュの「幻の女」に刺激されて再び作家活動に戻ります。手始めに同年「探偵小説土曜会」を結成、翌年「日本探偵作家クラブ」に改組します。

実際の作品としては1949年の「青銅魔人」で再開。これは「妖怪博士」の続編となる少年探偵シリーズで、この後「虎の牙(1950,後に地底の魔術王に改題)」に続き「透明怪人(1951)」の事件でとうとう二十面相は逮捕されてしまうのですが、ここでルパン張りに獄中から「今後は四十面相と改名する」と発表する「怪奇四十面相(1952)」。そしてその四十面相が世界泥棒会議を開いて起こした「宇宙怪人(1953)」へと続いていきます。そして翌年1954年の「鉄塔の怪人」で二十面相はあまりにもあっけなく死亡してしまいます。

この「鉄塔の怪人(後に「鉄塔王国の恐怖」に改題)」の最後で二十面相が死んでしまったことに対するファンの解釈は様々で、その死に様がとても二十面相っぽくないため、多くの議論を呼んでいます。

しかし乱歩はここで二十面相のシリーズをうち切った訳ではなく、このシリーズは更に続いています。「海底の魔術師(1955)」には唐突に二十面相が再登場し、しかも復活したことに対する説明は特にありません。これ以降の後期二十面相シリーズには下記のものがあります。

 1955 海底の魔術師,灰色の巨人1956 魔法博士,黄金豹,天空の魔人1957 妖人ゴング,魔法人形,サーカスの怪人1958 奇面城の秘密,夜光人間,塔上の奇術師,鉄人Q1959 仮面の恐怖王1960 電人M1961 妖星人R,超人ニコラ

後期シリーズには二十面相の意図がよく分からない作品もありますが、中には非常に優秀な作品もあります。耽美さがあふれる「魔法人形」、少女助手花崎マユミや少年探偵団のメンバーが活躍する「塔上の奇術師」、特殊な新型爆弾を巡る陰謀に立ち向かう「電人M」などは秀逸です。

なお戦後の大人向きの作品としては「三角館の恐怖(1951)」「影男(1955)」などの名作があります。

晩年乱歩は経営難に陥ったミステリー雑誌「宝石」救済のために尽力し、自ら編集長になって、あちこちまわって原稿をもらい歩きました。結局彼は10年弱間この仕事を続けますが、結局力及ばずして1964年に「宝石」は廃刊。

そして乱歩は1965年7月28日死去しています。1961年にも紫綬褒章を贈られていますが、死後、正五位勲三等瑞宝章が追贈されました。

なお、先にも一度ふれましたが、金田一耕助シリーズで知られる横溝正史は初期のころ「新青年」の編集長として江戸川乱歩を担当していました。しかし乱歩の遅筆には散々悩まされていました。それを象徴するエピソードが1928年新青年新年特別号に掲載された「あ・てる・てえる・ふいるむ」の事件です。

この時乱歩の筆が全然進んでいない様子に正史はかなり焦っていました。穴をあけるわけには行かない。そこで彼は密かに自分で乱歩風の作品を書き上げ、それを隠し持って締切寸前の乱歩の元を訪れます。そして「先生、できましたでしょうか?」との正史の質問に乱歩は「済まない。全然できてない」の答え。そこで正史は「無礼は承知なのですが、実はここに自分が先生風の小説を1本書いて来ました。これを先生の名前で掲載させていただけませんでしょうか?」

乱歩はそれを快諾し、トイレに立ちます。そして戻ってきてから「実は書いたのだけど、自信がなかったんだ。君のがいい出来だから、それを載せて欲しい。自分が書いたのは今トイレに流して来た」と告白しました。

正史は恐縮しますが、結局この作品「あ・てる・てえる・ふいるむ」は乱歩の名前で雑誌に掲載されました。もちろん現在では横溝正史の作品と修正されています。ちなみにこの時乱歩がトイレに流してしまった作品は翌年改めて書き直されて発表されます。それが「押絵と旅する男」です。なお、正史が代作した乱歩作品は他にも2作あります。

なお、いうまでもないですが、江戸川乱歩という名前は推理小説の元祖といわれる「黄金虫」の作者「エドガー・ア・ランポー」のもじりです。

■二銭銅貨(1923)後の作品集の一部では明智小五郎の学生時代の話になっていますが、元々の作品には明智は登場しません。「私」(語り手)とその友人の話になっています。二銭銅貨に封じ込められた暗号文。友人はそれを解いて大金を発見してくるのですが「私」は笑いを抑えることができませんでした。二重に読める暗号のトリックが優秀です。

■D坂の殺人事件(1925)明智小五郎の初登場作品。D坂の古本屋で発見された死体から始まる事件を推理する明智の姿が描かれますが、乱歩は以前団子坂で兄弟で古本屋を経営しており、D坂は団子坂という解釈がファンの間では定着しています。

■心理試験(1925)乱歩は精神分析に興味を持っており1933年には精神分析の研究会に参加しています。この作品は被疑者を自由連想テストに掛け、その結果から明智が犯人を指摘するというものですが、ラストのどんでん返しがすばらしい。

■黒蜥蜴(1934)1932年からの断筆明けの明智小五郎を主人公とする作品。その相手は明智と十分知恵で張り合う女賊・黒蜥蜴。美しい宝石を狙い、美しい令嬢を狙い、人間を剥製にして私設美術館に飾る趣味の持ち主。人間椅子のトリックが二重に使われ、大阪通天閣での身代金引き渡し。残酷ではあっても華麗でサスペンスに満ちた作品であり、三島由紀夫が脚本を書いた舞台でも人気があります。黒蜥蜴役には、京マチ子、水谷八重子、丸山明宏(美輪明宏)、板東玉三郎などが当てられています。テレビの天知茂版では小川真由美が演じました。

■悪魔の紋章(1937)乱歩には「魔術師」「吸血鬼」など復讐をテーマにした作品は多いのですが、この作品と「暗黒星」が個人的には気に入っています。川手氏一家への復讐者が現場に残していく三重渦巻きの珍しい指紋。姿無き犯人に小林少年らは対抗していくも犠牲者は増えていく。冒頭にモーリス・ルブランの「虎の牙」の冒頭シーンがそのまま借用されています。

■少年探偵団(1937)小林少年を助けようと前作「怪人二十面相」の事件の終わりの方で結成された少年探偵団の活躍を描く作品。明智と二十面相の心理戦はなかなかおもしろい。一部のファンに根強い人気のある小林少年の女装が初登場。乱歩は小林に女装させる一方で文代や少女助手の花崎マユミには男装をさせたりしてこの方面が好きだったようです。

■妖怪博士(1938)少年探偵シリーズの戦前最後の作品で、奥多摩の鍾乳洞を舞台にした攻防がみもの。私は一度この鍾乳洞に行ってみたいのですが、まだ実現していません。少年探偵シリーズでは、サーカス・鍾乳洞・洋館といったものがおなじみの舞台装置となっていきます。

■透明怪人(1951)実は私が最初に読んだ乱歩作品です。各地で透明人間が出没し、最初は単にイタヅラをするだけだったのが次第に犯罪に手を染め始めます。「宇宙怪人(1953)」と並ぶ『超常現象モノ』ですが、それを全て科学的合理的に説明してしまうのは、ジュブナイルといって手を抜いていない乱歩の真摯さが伺えます。

■怪奇四十面相(1952)黄金どくろの秘密に迫る四十面相と小林少年。その二人の変装合戦がみものです。そして舞台は獅子岩・烏岩・烏帽子岩が並ぶ和歌山県の孤島へと。二人の変装対決に比べると、明智探偵の変装が少しちゃちなのは、小林君をメインにしているジュブナイルではのことか。

■魔法人形(1957)誘拐された少女ルミは先にさらわれていた女性から「今の美しい姿をそのまま人形にして保存したいと思わない?私はそうしてもらったの」と告げられる。女性の腕を触ってみると、そこはもう人形の腕に変わっていた。少女雑誌に掲載されただけあって耽美さは充分。小林君は正直言って単なる趣味としか思えない女装をしている。

■塔上の奇術師(1958)洋館の避雷針の上でぐるぐる回る道化師、時計屋敷の上に立つコウモリ男、今までの少年探偵シリーズを集大成したような作品ですが、実はこれも少女雑誌に掲載されたものです。

■電人M(1960)町に突然出没する電人、そしてタコの形の宇宙人。散々世間を騒がせたその正体は新しい遊園地の宣伝であった。現在でもそのまま作ればとても楽しそうな宇宙をテーマにしたテーマパークの裏にある国際的な陰謀。乱歩が少年探偵シリーズでまた新たな境地を切り開こうとした意欲作。

■影男(1955)有閑夫人たちの危険な遊びの場面に登場した女装の怪人は自らを影男と名乗り彼女たちの窮地を救う。殺人のアイデアを提供したり、女体パノラマ館を秘密営業している男と出会ったり。初期の隠微な作品を彷彿させる色々な趣向を凝らした力作。


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