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水木しげる(1922-)

『ゲゲゲの鬼太郎』や『河童の三平』などで知られる水木しげる(本名武良茂−むら・しげる)は1922年3月8日、大阪市住吉区で生まれました。

彼を鳥取県の境港(さかいみなと)生まれと誤解している人も多いと思いますが、それは彼が育った場所であり、生まれたのは大阪です。

その境港では少年時代、彼が「のんのんばあ」と呼んでいた知り合いのおばさんに色々と不思議な話を聞き色々感化されたようです。

20歳の時召集され南方へ。ラバウルの密林でまた後年の物語のベースとなるような様々な体験をしました。なお、この時、爆撃で左手を失っています。

終戦後東京に出てきて、武蔵野美術学校に学びます。そして、紙芝居漫画家・貸本漫画家などをしていましたが、やがて1965年別冊少年マガジンに掲載した『テレビくん』が第6回講談社児童漫画賞を受賞。

翌年から『墓場の鬼太郎』を少年マガジンに連載して、以後『悪魔くん』『河童の三平』など多くの作品をヒットさせました。1991年には紫綬褒章を受賞しています。また彼の活躍を記念して境港には「鬼太郎ロード」ができています。

最大のヒット作『鬼太郎』ですが、最初の設定は「飴買い幽霊」です。毎晩夜中に飴屋に一文銭を持って飴を買いに来る女がいました。それが6晩続いた後、7日目にはお金がないので飴をめぐんでくれないかと言います。承諾して飴をあげた店の主人は不思議に思って女の後をつけていくとそこは墓場で、新しい墓の中で赤ん坊が泣いていました。

埋葬された後で赤ん坊を出産した女が、自分が死んでしまって乳が出ないので代わりに飴を買いに来ていたのでした。三途の川の渡し銭に持たされた六文銭を6日間は使ったものの7日目にはお金がなくなってしまったのでしょう。。。。。とこれが「飴買い幽霊」で全国にこの話はあります。この墓場で生まれたのが鬼太郎でした。

鬼太郎や河童の三平に多数出てくる妖怪ですが、こういった話は水木氏の境港やラバウルでの体験がベースにあります。塗り壁などは氏も実際に遭遇したことがあるそうです。水木氏はこの妖怪の研究家としても知られ、妖怪に関する本もいくつか出しています。

その水木氏が提唱している説で「妖怪千体説」というのがあります。

水木氏はインドネシア方面でも妖怪談の収集をしているのですが、その中にどうも日本の妖怪とよく似たものが出てきたりするそうです。そこで氏が言うのは、妖怪(西洋なら妖精ですが)というのはどこの国に行ってもちょうど1000個くらいあるのではないかというもの。名前が変わっていたり、どこかにしかいない妖怪もあるが、別の所ではその分、また別のがいたりして、結局1000種類くらいの妖怪が区別されているのではないか、というものです。

ちょっと心理学の認識論みたいな話で、ちょっと面白いなと思っています。ひょっとすると、これは妖怪というものの意味も考えさせてくれるものかも知れません。


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