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尾上松緑4(1975-)

当代の若手人気歌舞伎役者のひとり、尾上松緑(おのえしょうろく)は1975年2月5日に生まれました。父は初代尾上辰之助(三代目松緑を追贈)、祖父は二代目尾上松緑です。

1980年1月に初お目見えして翌年2月に2代目尾上左近の名前で初舞台。1991年に2代目尾上辰之助を襲名して、このあと、市川新之助・尾上菊之助とともに「平成の三之助」と並び称され、特に若い女性ファンの心を熱くしてくれました。

そして最近の松竹の「大襲名」の一番手として2002年に尾上松緑を襲名したものです。大襲名の予定は次のようになっています。

  2002年 2代目尾上辰之助→4代目尾上松緑2004年 7代目市川新之助→11代目市川海老蔵2005年 5代目中村勘九郎→18代目中村勘三郎同年  3代目中村鴈治郎→4代目坂田藤十郎同年  5代目中村翫雀 →4代目中村鴈治郎

三之助の最後のひとり五代目尾上菊之助はこのメンツには入っていませんが、七代目尾上菊五郎の子ですので、その芸が誰もが認めるだけのレベルまで到達すれば、やがて超大名跡である菊五郎を継ぐことも可能でしょう。(菊五郎のような大きな名前は血筋だけでは継がせてもらえない)

さて「尾上」は歌舞伎に興味の無い人には誤読されやすい苗字ですが「おのえ」と読みます。江戸時代の三大歌舞伎小屋のひとつである市村座ゆかりの役者の姓で、初代尾上菊五郎(1717-1783)に始まるものです。初代の松緑はその初代菊五郎の弟子で、現在の菊五郎の家系につながる三代目菊五郎はその初代松緑の弟子という関係にあります。

二代目尾上松緑は七代目松本幸四郎の子ですが、七代目松本幸四郎は六代目菊五郎とともに「団菊」九代目市川団十郎の弟子であり、その縁で二代目松緑は六代目菊五郎の弟子であったため、その縁から200年前の名跡である松緑を復活させて継いだものです。六代目菊五郎の父は「団菊」の片割れである五代目菊五郎(=13代目市村羽左衛門)で、3代目菊五郎の外孫(3代目菊五郎の娘・とはと12代目市村羽左衛門=四代目尾上梅幸=初代大川橋蔵の子)にあたります。

(訳が分からない!と思っても心配しないで下さい。私も資料を見ながらでないと書けません。また、あまり覚える必要もないと思います)

なお、この尾上松緑の家系は日本舞踊の藤間勘右衛門流の宗家を兼ねています。七代目松本幸四郎が二代目藤間勘右衛門の養子となってその宗家を継いで三代目勘右衛門となり、二代目松緑が四代目勘右衛門、初代辰之助が五代目、そして現在の四代目尾上松緑が六代目の藤間勘右衛門となっています。

日本舞踊の流派の中でも最大の規模をもつ藤間流は藤間勘兵衛(1690頃?-1769)が創始したものですが、その後勘兵衛の直系の流派は途絶えてしまっており、現在は勘右衛門の系列と勘十郎の系列が二大流派となっています。初代の勘右衛門は4代勘兵衛の弟子です。

(こちらの方がまだスッキリしているか....)


(2004-02-04)

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