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フェルマー(1601-1665)

「フェルマーの最終定理」で知られるピエール・ドゥ・フェルマー(Pierre de Fermat)は一説によると1601年8月17日に生まれました。

フェルマーの誕生日については8月20日説もあります。また1607年の年末頃あるいは1608年の年初頃という説もあります。

彼は南フランスのBeaumont-de-Lomagneという町で生まれました。お父さんは裕福な革製品の商人で町の副町長も務めたことがあります。お兄さんがひとりとお姉さんがふたりいました。

トゥールーズ大学からボルドーの大学に移り数学の勉強をしていましたが、後にオルレアンの大学に移って法律の勉強をし、1631年に学位を取りました。そしてトゥールーズ高等裁判所の判事となり、この仕事を一生続けています。そしてその法律家としての仕事の傍ら、ずっと数学の研究も続けていました。

彼の数学上の業績は多岐にわたるのですが、特に解析幾何学や確率論における業績は大きなものです。同時代の数学者、パスカルやデカルトなどと情報交換しながら、これらの研究を進めていきました。

彼は3世紀の数学者Diophantusが著した「アリトメティカ」という数学書を愛用していましたが、この本の欄外に48個のコメントを書いていました。この「フェルマーがコメントを入れたアリトメティカ」は彼の死後に彼の息子によって出版され、この48個のコメントが明らかになりました。

そのコメントは多くは数学上の重要な命題になっていましたが、彼はコメントの中で「だと思う」という書き方をしているものと「証明した」と書いているものとがありました。その「だと思う」と書かれていたものについてはその後きちんと考察した結果、正しかったものもあれば誤ったものもありました。しかし「証明した」と書かれていたものは全て正しいものでありました。

ただ1つを除いては・・・・・

それが「フェルマーの大定理」「フェルマーの最終定理」あるいは正しいかどうか分からないので定理と呼ぶべきではないとして「フェルマーの予想」などと呼ばれてきた命題です。

内容はとても簡単です。

ピタゴラスの定理に出てくる数の組み合わせで3の2乗と4の2乗を足すと5の2乗に等しくなります。3^2 +4^2 = 5^2   (9+16=25)「2乗」という条件ではこのような整数の組み合わせはたくさんあります。

しかしフェルマーはこれが「3乗」以上になった場合は、そのような整数の組み合わせは存在しない、としました。そして彼は

「このことについての驚くべき証明(demonstrationem mirabilem)を発見した。しかしそれを書くにはこの余白は狭すぎる」

という文章を遺していたのです。(原文はラテン語)

Cubum autem in duos cubos, aut quadratoquadratum in duos quadratoquadratos,et generaliter nullam in infinitum ultra quadratum potestatem in duos eiusdem nominis fas est dividere cuius rei demonstrationem mirabilem sane detexi. Hanc marginis exiguitas non caperet.

フェルマーが「証明した」と書いた他の命題は全て正しかったことから、これも正しいに違いないと考える人は多く、実際問題として様々な人が努力してみてもこの命題への反証を得ることはできませんでした。

しかしどうしても証明することができなかったのです。

整数論という数学の分野は、この問題を解くためにこの300年間、発達してきたものといっても過言ではありません。

この問題は多くの人によって少しずつ解決への糸口が見えていき、最終的には1994年9月、Andrew Wilesによって証明されました。

しかしその証明はワイルズひとりの功績ではなく、その途中の多くのステップを築き上げた、多数の数学者による時代を超越した共同作業というべきものでした。(特に谷山豊と志村五郎による「谷山志村予想」など)

また、ここに至るまでの間「自分はフェルマーの定理を証明した」と称する人が何人も出ましたが、実際にその証明内容を公開すると、誰かがその穴を指摘し撃沈するということも度々起きました。

フェルマーは実際問題としてこの定理を証明していたのでしょうか。

それはフェルマーがその証明方法をどこにも書き残していないので何ともいえないのですが、現代においてやっと証明されたその証明方法の凄まじい複雑さを考えると、フェルマーはこの問題についてだけは、何か勘違いしていたのではないかとしか思えないのです。

フェルマーは1665年1月12日に亡くなりました。


(2010-08-16)

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