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ジャンヌダルク(1412-1431)

1431年5月30日、ジャンヌ・ダルクがイギリス軍の手により宗教裁判にかけられ異端者として火あぶりの刑に処されました。

『オルレアンの少女』ジャンヌ・ダルク(Jeanne d'Arc,1412.1.6-1431.5.30)は百年戦争の戦況を転換させた英雄です。

百年戦争は1338年から1453年まで115年にわたって続いたイギリスとフランスの大陸における領土争いの戦争で、当初はイギリスが優勢でした。1422年にはフランス王シャルル6世が死去しますが、皇太子シャルルは正式に王位につけないまま各地を転々として、1428年にはフランス中部シノンに来ていました。既にフランスの北3分の1と南西部のボルドー付近はイギリスの手に落ちていました。そして10月イギリス軍は北部の駐留地とボルドーとの連絡の拠点にするため中部の町オルレアンを奪取しました。

この時、ドムレミという小さな村に住む羊飼いの娘ジャンヌ・ダルクが「立って祖国を救え」という神の声(大天使ミカエルの指示とも)を聞きます。彼女は翌年2月シノンのシャルルの元へ行き、祖国の為に戦いたいと申し出、まずはオルレアンからイギリス軍を追い出したいので軍隊を貸して欲しいと申し入れました。

皇太子は半信半疑でしたが、とりあえず数千人の兵を預けます。彼女に率いられたフランス軍は4月末にオルレアンの近くに集結、5月頭にイギリス軍の砦を襲ってこれを撃退しました。これでフランス軍は大いに志気を盛り返し、以後連戦連勝をすることになります。

トロワ、シャロンと勝利を続け、7月にはとうとうランスの町まできます。ここで皇太子はランスの大司教の手により戴冠式を行うことができ、やっと正式に国王シャルル7世となります。そして9月にはパリまで到着しました。翌年5月に敵軍につかまるまで、ジャンヌ・ダルクの活躍でフランスは国土の大半を取り戻したのです。

彼女が敵軍につかまったのは1430年5月23日コンビエーニェでした。彼女を捕らえたのはブルゴーニュ軍ですが、ブルゴーニュ軍は彼女を1万フランでイギリス軍に売り渡してしまいます。フランスにとって英雄でもイギリスにとってはジャンヌ・ダルクは憎き相手、彼女は魔女として宗教裁判にかけられてしまいました。裁判は一応1431年5月24日ジャンヌが自分の誤りを認める書類にサインして終了しますが、28日更に難癖をつけられて、とうとう30日火あぶりの刑に処せられてしまいました。

百年戦争自体はこのジャンヌ・ダルクの1年にわたる大活躍でフランスの勝利がほとんど確定、その後状況が変わることはなく1453年和平が成立しました。

ジャンヌ・ダルクは戦時中のこととはいえ一応魔女として処刑されたためその後ずっと魔女のままになっていましたが、近年になってやっと名誉回復、聖人に列せられています。

ジャンヌ・ダルクがフランス軍を指揮していた時、女の子が大将だと聞き、夜彼女の寝床に忍び込む兵士もよくあったそうです。しかしみな彼女の神々しい雰囲気に圧倒され一切手を出すことができなかったといいます。彼女はやはり神に愛された少女だったのでしょう。


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