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バーネット夫人(1849-1924)

「小公子(Little Lord Fauntleroy)」「小公女(Little Princess)」「秘密の花園(The Secret Garden)」などの児童文学作品で知られるバーネット夫人(Frances Eliza Hodgson Burnett)は1849年11月24日、イギリス・マンチェスターの工場街で生まれました。

父親はボヘミアン的な人であまり働かず、母親が開いているインテリア店が家計を支えていましたが、それも不況で経営が苦しくなり、1865年に一家は親せきの招きでアメリカ・テネシー州のノックスビルに引っ越しました。

しかし新天地アメリカでも生活が苦しいことは変わらず、その中で書き始めたフランシスの小説の売上は家計に大きく寄与したとのことです。1875-1877年にヨーロッパを旅し、その後結婚してワシントンDCに移動していますが、まもなく離婚しています。彼女の名前を世に残した3部作はこの後、書かれました。

1886年に書かれた「小公子」はアメリカに住む一人の男の子がイギリスに住む貴族の祖父の跡継ぎになることになり、イギリスに渡って全く生活習慣の違う中で成長していく様が描かれています。可愛いフリルのついた服を着た主人公のセドリックのモデルは作者の次男だということです。日産の「セドリック」の名前はこの小説から取られています。

日本語のタイトルでは「小公子」と完全に対になっている「小公女」は最初主人公(Sara Crewe)の名前を取って「セーラ」という題名でした。金持ちの少女が父親の死で突然不幸になり、学校でも特別待遇から突如小間使いに変えられます。しかしその境遇にもめげず少女はたくましく生き抜いていき、やがて思いがけない幸運を得ることができます。このけなげな少女の姿はお姫様です、という読者の手紙から作品のタイトルは変更されました。

1911年に書かれた「秘密の花園」は私が一番好きな作品です。インドで父を失った少女はイギリスの叔父の家に引き取られます。その館の中を探検している内に出会った少年は病弱で死の恐怖に怯えていました。彼女は少年を閉ざされた禁断の花園に連れ出します。この秘密の花園に侵入するモチーフは作者の少女時代の実体験に基づいています。

バーネット夫人はかなり多作な人であったようですが、この時期というのが一番の円熟期であったようで、他の作品は現在あまり読まれることはないようです。1924年10月29日、ニューヨークで亡くなっています。この3作以外には、Sara Crewe (What Happened at Miss Minchin's), The Dawn of A To-morrow, The Lost Prince, The Shuttle,The White People などといった作品があります。


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