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ビートルズ(1962-1970)

これは日本のファンが定めた記念日です。1966年6月29日、ビートルズが日本にやってきて、日本全国が大騒ぎになりました。

(ビートルズの日本公演の前座を務めたのはドリフターズである。彼らは コメディアンではなくミュージッシャンであった。その後のシャネルズ、 爆風スランプ、モダンチョキチョキズなどにつながる流れがここにある)

ビートルズ(Beatles)は、カブトムシ(beetle)と音楽のビート(beat)から作られた造語であり、今世紀最大のポピュラー・ミュージック・バンドです。

ビートルズの原形を作ったのはジョン・レノンです。彼は1956年頃友人たちとクォーリーメンというアマチュア・バンドを結成していました。これにアマチュアバンドの大会で知り合ったポール・マッカートニーが参加、更にポールの知り合いのジョージ・ハリスンが加わります。

クォーリーメンは1959年頃からプロ志向になり名前もムーンドッグス、そしてシルヴァー・ビートルズと改めクラブに出演したり、歌手のバックバンドをつとめたりします。活動範囲も地元のリヴァプールのほか、当時自由な雰囲気のあったドイツのハンブルグへも広げます。そして1962年ハンブルグでトニー・シェリダンとともに「マイ・ボニー」を録音、彼らの初レコードとなりました。このレコードは当時「トニー・シェリダン&ビート・ブラザース」とクレジットされていましたが、20年ほどたって再版された時は「ビートルズ&トニー・シェリダン」に変更されていました。

一方、1961年秋、リヴァプールのレコード店主ブライアン・エプスタインは数人の客がビートルズという聞きなれないミュージッシャンのレコードを注文するのを聞き、興味を持って聴いてみたところたちまち彼らの魅力にとりつかれてしまいます。彼はビートルズがマネージャーを探していることを知り、自分がそれを引き受けると申し出ました。

ブライアンはビートルズのメンバーに身なりをきちんとするよう命じるとともに積極的な営業活動を展開、翌年他のメンバーの要請をうけてドラマーのピート・ベストを解雇し代わりにリンゴ・スターを加えてビートルズが正式にデビューしました。デビュー曲は「Love Me Do」と「P.S. I love you」で、いきなり全英チャート17位にランキングされました。

翌年にはロンドンに進出し、「From me to You」「She loves You」「I wantto hold your hand」「Can't buy me love」の4曲が連続ヒットチャート1位を記録、ビートルズはあっという間に押しも押されぬ人気バンドとなりました。

彼らのプロとしての活動は1962年から1970年までのわずか8年間にすぎませんでしたが、彼らの曲のクォリティの高さはベートーヴェンと比較する者まで現れるほどでした。彼らの功績のひとつはAugコードを美しく曲の中で使用したことです。

人気絶頂の中1967年ブライアンが急死、その後メンバーをまとめようとするポール・マッカートニーと他のメンバの間に深い亀裂が走り、1970年3月の「Let it be」を最後にビートルズは解散します。

彼らの作品は代表曲をあげるのが困難なほど優秀な作品が多く、今思い付くだけでも、Yesterday, Mischelle, Hey Jude, Long and winding road, Allmy Loving, Fool on the Hill, Norwegian Wood, Yellow submarine, などなどがあります。

彼らの人気は解散した後も今日まで衰えることなく、一度は再結成の噂も立ちましたが、1980年ジョン・レノンが銃弾に倒れてそれも実らぬ夢となりました。


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