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ジェームズ・ボンド(1922-?)

映画でおなじみ、イアン・フレミングの007シリーズの主人公 James Bondは1922年2月1日スコットランドのハイランド生まれという設定です。(1920年説、1924年説もあります)

両親が登山の事故で死亡、叔母に引き取られて育ちます。最初に入った学校では閉鎖的な校風になじめず、友人の家のメイドと間違いを犯したという無実の罪を着せられて退校処分に。次の学校は体質によく合い、多くの友人ができてボクシングのチャンピオンになったり、柔道部の創設をしたりします。

18歳でオックスフォード大学に入学、心理学と法律を専攻しました。在学中に情報部のP支局に入りルーマニアやドイツで作戦に参加しました。その後海軍に入り、駆逐艦に配属されて第二次世界大戦中、ドイツのUボートと死闘。戦後はMI6(*1)に復帰して、アメリカのCIAとの連絡業務に従事。1953年に00課に配属され、007のコードネームを与えられます。

1953年 ロシアのスパイとカジノで対決。【カジノ・ロワイヤル】1954年 カリブ海に行き、ミスター・ビッグと対決【死ぬのは奴らだ】1955年 スペースシャトルの事件を解決。【ムーン・レイカー】1956年 ダイヤ密輸事件を解決。【ダイヤモンドは永遠に】1957年 イスタンブールでロシアのボンド暗殺の罠と対決【ロシアより愛を込めて】1958年 再びカリブ海に行き、暗殺事件を究明。【ドクター・ノー】1959年 金の密輸事件調査でスイスへ。【ゴールド・フィンガー】1961年 NATOの原爆強奪事件調査。【サンダーボール】1962年 東西の原潜事件調査で地中海へ。【私を愛したスパイ】1963年 スイスでプロフェルドと対決。【女王陛下の007】この年結婚するが新妻を殺害される。このため仕事に意欲を失い、007のコードネーム没収。1964年 代わりに与えられた777のコードネームで日本に潜入。瀕死の重傷を負う。【007は2度死ぬ】この後外国の諜報機関に拉致され洗脳されてMを暗殺しようとするが失敗。しばらく精神科医のもとで治療を受ける。回復後、再び007のコードネームを与えられ、ジャマイカでスカラマンガと対決する。【黄金銃を持つ男】

映画化の順序とはかなり違っています。映画第1作「ドクター・ノー」の冒頭でボンドは銃を変えるよう言われますが、これは「ロシアより愛をこめて」の事件で前の銃がうまく抜けずひどい目にあったため。またCIAのエージェントと旧知のようであったのは、そもそもCIAとの連絡役をしていた上に、以前「死ぬのは奴らだ」で共同作業をしていたからです。

そして最後の事件が「黄金銃を持つ男」でした。

なお、「James Bond」というのは作者フレミング自身が情報部に勤務していたときのコードネームでした。

----------------------------(*1)イギリスの諜報機関は MI5 と MI6 に分かれています。MI5が国内担当、 MI6が海外担当になっています。「パタリロ」のバンコランも MI6。


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