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シャーロック・ホームズ(1854-)

コナン・ドイル(1859.5.22-1930)が生みだした名探偵シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)は1854年1月6日が誕生日とのことです。

ロンドンのベーカー街221Bのハドスン夫人所有の下宿に住み、「緋色の研究」(A Study in Scarlet, 出版1887,設定1881)の時以来の親友ジョン・ワトソン博士とともに多くの事件を解決していきます。

「赤毛組合」「まだらの紐」「白銀号事件」などを解決したあと1893年(出版時刻,設定1891年5月4日)「最後の事件(The Final Problem)」でスイスのライヘンバッハの滝の上で宿敵モリアーテイ教授と取っ組み合ったまま一緒に下に落ちてしまい、共に命を落としたものと思われました。

しかしこのラストに愛読者から抗議が殺到。ドイルは1901年に長編「バスカビルの魔犬」(The Hound of the Baskervilles)を書いた後、1903年に「空家の冒険」(The Adventure of the Empty House)を書いて、ホームズは柔道の心得があったため、奇跡的に助かったことにして、彼を復帰させました。

その後もホームズは「踊る人形」「瀕死の探偵」「悪魔の足」「恐怖の谷」などで活躍したあと1917年(設定1914年)「最後の挨拶」(His Last Bow)で探偵を引退、サセックスに引き籠もります。しかし読者のリクエストに応えて作品はその後も過去を回想する形で語られ、最後の作品は多分1927年の「ショスコム荘」ではないかと思われます。

ホームズは観察力が鋭く、留守中に来た来客の身体的特徴を客の忘れ物から推理して見せたりしますが、一方では自分に関係ないと思う知識はほとんど持っておらず、地球が太陽の回りを回っているということも知らないで、ワトソンを呆れさせます。

このホームズが作り上げた名探偵のイメージはその後の名探偵物の推理小説の多くに強い影響を与えています。日本でも明智小五郎・神津恭介・浅見光彦などの颯爽としたイメージの探偵はこの流れの中にあるとも言えるでしょう。

■赤毛組合赤い髪の質屋の主人ウィルスンは「赤毛組合」という所で事典をAの項から始めてずっと書き写していくという奇妙な仕事を依頼された。ところが4週間ほどたったある日突然「解散します」という張り紙があった。

■まだらの紐2年前に結婚を間近に控えた姉がどこかで口笛の音が聞こえた後急死。「まだらの紐」と言い残した。そして相談者も最近婚約者が出来たが、姉が死んだ時のような口笛の音を耳にする。

■踊る人形屋敷に人形が踊っているような落書きがされていた。それを見た妻は恐怖の表情を見せる。妻は何を隠しているのか?ホームズが暗号解読に挑む。

 ポーの黄金虫の影響を受けた作品とも言われるが、現代暗号学の立場からは黄金虫のは正解が分かっていないとできない「あり得ない」方法であるのに対しこの踊る人形の方法は理論的に確かに正しい方法なのだそうである。


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