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九龍城砦の取り壊し(1993)

1993年3月23日香港政庁は、かつて魔の巣窟と言われた「九龍城砦」の取り壊しを始めました。工事は翌年4月まで約1年ほどかかりました。

俗称で「九龍城砦(Jiulong Chengzhai, Kowloon Wall City)」と言われてきたのですが、工事の最中に「九龍塞城(Jiulong Saicheng)」と書かれた石額が発見され、正式名称が判明しました。

総称して「香港」と呼ばれていますが、大雑把に言って香港島(ビクトリア地区)とその対岸の九龍半島先端部の九龍(カオルン地区)、その西側の新界地区(シンチェ地区)などからなります。九龍城砦はその九龍半島先端から約5kmほどの地点にあり1847年に清朝が海賊対策とイギリスの動向調査のために建築したものです。

なぜここが「魔の巣窟」になってしまったのかというのは、その後の中国とイギリスとの微妙な綱引きが原因です。イギリスは1860年のアロー号事件(イギリスの船が海賊と間違えられて船員が拘束された事件)の後処理で結ばれた北京条約により九龍半島先端の永久租借権を獲得しますが、この時九龍城の部分は内陸側でもあったため租借の対象には含まれていませんでした。

(この程度の事件で領土をぶんどるというのも凄い話ですが...)

イギリスは更に1898年に香港島を99年間借りる協約を結び、その際にどさくさに紛れて?香港の境界を伸ばし新界地区まで借りる範囲に含めてしまうのですがこの時も中国はこの九龍城砦だけは租借の対象から外してくれと主張。ここに中国の役人を常駐させることと、行き来のための桟橋・道路の使用権をイギリスに認めさせます。この結果、九龍城砦はまわりを全てイギリス領に取り囲まれた中国の飛地ということになりました。

これは清朝としては「99年」というのは事実上「永遠」という意味だろうと思われたことから、イギリスがなし崩し的にそのまま永久にここに居座るような事態を防止するためのクサビとしてここに自身の主権の及ぶ所を置いておきたかったこと、そしてイギリスとしてはこの程度は大勢に影響ないだろうし、中国の役人を追い出すのもそう難しくなかろうと思ったことから、このような妥協が成立したものと思われます。

事実イギリスは翌年、中国の役人が祝事に際して爆竹を鳴らしたのを「銃撃と誤認しかねない危険な行為」として敵対行為であると主張。強引に中国の役人を追放してしまいました。しかしここをイギリスが接収してしまえば中国との約束を破ることになるためイギリスはここに自軍を進駐させることはできませんでした。一方の中国側もイギリスに阻まれて管理者を派遣することができなくなりました。

かくしてこの地区は中国にもイギリスも管理できない非法治地区となってしまったのです。何度か双方でここに管理者を置こうとする試みが行われましたが常に相手側の反発で中断を余儀なくされています。結局この中英睨み合い中にここに入った官憲は第二次世界大戦中ここを一時占有した日本の官憲だけです。

更に第二次世界大戦後、中国本土が共産党の支配下に入ると、それに不安を感じた人々が大量に香港にも逃れてきますが、法律で管理されていない九龍城は、かっこうの避難地となりました。1951年に大火事でそれまでにあった建物が全部燃えてしまった後は、ここに逃れてきていた資産家達により次々と鉄筋コンクリートの高層ビルが建築されるようになり、わずか150m四方ほどの土地に5万人もの人々が住み何でもありの雑然とした世界が誕生しました。

ここでは法律が及ばないのをいいことに、無認可の商店や病院、衛生法令など無視した食品工場などが多数操業され、麻薬取引や売春なども多数行われていました。俗に「ここに足を踏み入れると二度と生きて出られない」などと言われたのですが(実際に私の母の知人でここで行方不明になった人がいたらしい)実際問題としてそれほど恐ろしい場所という訳でもなかったとも最近では言われています。そしてまたここは戦後の香港の繁栄を支える大きな動力源になっていた面もあります。

しかしその後の国際情勢の軟化により1997年に香港が九龍も含めて全部中国に返されることが決まったあとは、中国とイギリスがこの区域について綱引きをする必要はなくなり、そうなると治安上、九龍城をこのままにしておくのはよくないということがイギリスと中国の間で暗黙的に了解されます。かくして1980年代の半ばころから香港政庁の係官が城内のパトロールを実施するようになり、1987年にはこの地区の高層ビル群を取り壊して公園化する方針が発表になりました。

そして1991年から5度にわたって住民の強制撤去が実施され、1993年3月23日から、建物の取り壊し作業も始まったものです。

現在ではここは「九龍寨城公園」と名付けられたきれいな公園となり、香港の観光名所になっています。


(2004-03-26)

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