↑

其角の雨乞い祈願(1693)

室井(榎本)其角(1661-1707,むろいきかく)は医師の息子で松尾芭蕉の弟子となり、彼の十大弟子(蕉門の十哲)の筆頭とされました。初期の頃榎本の姓を名乗っていたため、事典などにはそちらで出ていることも多いようです。

軽妙な句風を得意とし、芭蕉の死後は、よりしゃれ・とんちに走った時期もあり、彼のその時期の傾向の都会的な句を作る人たちを後に『江戸座』と称しました。今風に言えば『東京ファッション』ということですね。其角は次のような俳句をのこしています。

    うぐひすの 身をさかさまに 初音かな鐘ひとつ 売れぬ日はなし 江戸の春この木戸や 鎖のさされて 冬の月名月や たたみの上に 松のかげ越後屋に きぬさく音や 衣更(ころもがえ)

最後の句などはまさに都会の歌。芭蕉の『閑(しづ)かさや岩にしみ入る蝉の声』などと対比すると面白い。芭蕉のこの句は東北の霊山・立石寺で詠んだもの。一方、越後屋は当然現在の三越につながる越後屋呉服店でしょう。越後屋が江戸に出店したのは1673年です。

さて、その其角について、ユーモラスなエピソードが伝わっています。

元禄6年6月27日、其角は数人の門人とともに三囲稲荷に参拝しましたが、そこで大勢の農民が集まり雨乞いの祈願をしていました。

すると坊主頭の其角を見た農民たちが「和尚様。よいところへ。このところ日照り続きで難儀しております。雨乞いの祈祷をしていただけませんか」と言ってきます。驚いた其角、「いや私は坊主ではなくただの俳人なのです」といいますが、農民たちは「構いませんから」と言います。

何が構わないのか分からないところですが(^^; ここで開き直った其角、一句詠みます。

   夕立や 田を三囲の 神ならば

するとこれを詠んだ途端、たちまち雨が降ってきて農民たちは大喜び。奇跡というものはあるものだと思いとまどいながらも一緒に喜ぶ其角一行でした。


↑ Dropped down from 今日は何の日.

(C)copyright ffortune.net 1995-2013 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから