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切られ与三初演(1853)

『エエご新造さんへ、おかみさんへ、お富さんへ、ヤサ、コレお富、久しぶりだなぁ』

源氏店妾宅の場の名セリフが有名な世話物の名作『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)』は嘉永6年(1853)1月14日、中村座で初演されました。与三は八代日市川團十郎、お富は四代目尾上菊五郎。作者は四代目鶴屋南北の弟子の三世瀬川如皐。乾坤坊良斎原作の人気講談を歌舞伎化したもので九幕三十場の大長編ですが、現在最もよく上演されるのがこの場面。

【物語】伊豆屋の若旦那与三郎は木更津の海岸でお富を見初め逢い引きをしますが、彼女は実は土地の親分の妾でした。見つかった与三は体中に34ヶ所の刀傷を受けて放り出され、お富は海に身を投げました。3年後。一命を取りとめた与三はその後その刀傷を商売道具にゆすりたかりをして暮らす生活になっていましたが、ある日金をゆすりに来た家にいたのが、なんとお富でした。彼女はちょうど通りかかった和泉屋多左衛門の舟に助けられていたのでした。与三の先ほどのセリフは次のように続きます。しがねえ恋の情が仇、命の綱の切れたのを、どう取り留めてか木更津から、めぐる月日も三年越、江戸の親にゃ勘当受け、よんどころなく鎌倉の、谷七郷を喰ひ詰めても、面に受けたる看板の、疵がもっけの幸いに、切られ与三と異名を取り、強借りゆすりも習ふより、馴れた時代の源氏店、其白ばけが黒塀に、格子造りの囲ひ者、死んだと思ったお富さん、無事で暮して居ようとは、お釋迦様でも気が付くめえ、よくもおぬしやァ達者で有たなァ。安ャア。これぢゃ一分ぢゃ帰られめえ「お釈迦様でも」付近のセリフは春日八郎の大ヒット曲「お富さん」にも採られています。結局再会した二人は夫婦になるのですが、犯していた悪事が露見して与三は島流しになってしまいます。お富が恋しい彼は島を抜け出し彼女に会いにいきますが、途中立ち寄った生家で両親の死を知り下男の忠助に諭されて、そのまま闇の中に消えていきます。数年後、やはりお富を諦めきれなかった与三は、ついに観音久次の許で暮らすお富に巡り会います。せめてもの情けと久次は席を外し、やがて安心感から眠ってしまう与三。その寝顔を見たお富は、彼は見つかれば島抜けの大罪で磔にされる身と哀れみ夫の刀で与三を刺し殺してしまいました。奉行所の取り調べで初めお富は何も語りませんが、夫が「自分が情けをかけなかったらこんなことにはならなかったのに」と言うと泣いて罪を認め刑に服します。

この作品の原作・乾坤坊良斎の講談は実は実在の人物をモデルにしたものです。物語の中では与三は伊豆屋与三郎となっていますが、本物は芳村伊三郎。微妙に音を入れ替えていますね。

伊三郎は上総の生まれですが、木更津で人に襲われて大けがをした後江戸に出て、美声を生かし長唄の師匠になったとのこと。その話を元に色々な尾鰭を付けて、この物語ができあがったようです。歌舞伎もかなり長いものですが、元の講談はどうも更に長いもののようです。

なお木更津駅近くの光明寺には切られ与三の墓があり、鳥居崎公園には与三とお富が出会った場所という「見初め松」があります。


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