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町火消し設置(1720)

享保5年(1720)8月7日、将軍徳川吉宗は町火消47組の設置を命じました。

当時江戸は世界最大の都市です。2〜3年に1度は大火がおき、それほどでなくても小さな火事は頻繁におきて「喧嘩と火事は江戸の華」といわれるほどでした。しかし当時あった幕府直属の定火消と大名が用意する大名火消だけではとても処理できない状態にありました。

そこで吉宗は江戸の町に「い組」「ろ組」「は組」・・・といったいろは48組の町人で組織する町火消を設置しました。町奉行配下で主力は鳶職の人たちでした。これは8の班に分けられており、次のような分類でした。なお「いろは」の中で、ひ・へ・ら・んの4つはなく代わりに百千万本があります。

  1 い・は・に・よ・万2 百・千・ろ・め・も・せ・す3 て・あ・さ・き・ゆ・み・本5 く・や・ま・け・ふ・こ・え・し・ゑ6 な・む・う・ゐ・の・お8 ほ・わ・か・た9 れ・そ・つ・ね10 と・ち・り・ぬ・る・を


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