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青山学院創始(1874)

明治7年(1874)11月16日、アメリカの教育家スクーンメーカー(Dora E. Schoonmaker, 1854-1934)が麻布新堀町に「女子小学校」を設立しました。これが現在の青山学院のはじまりです。

この女子小学校は麻布本村町、築地居留地、そして明治21年に青山の地に移転。名前も救世学校、海岸女学校、そして東京英和女学校と変わっていきました。そして更に明治28年には更に青山女学院の名前になりました。

一方、明治11年にアメリカの宣教師ソーパー(Julius Soper, 1845-1937)が築地に耕教学舎を創立。これが明治14年に東京英学校と改称しました。また明治12年にはアメリカの宣教師マクレイ(Robert Samuel Maclay, 1824-1907)が横浜居留地に美會神学校を設立しました。

ここで明治15年美會神学校は東京英学校に合併され、明治16年青山の地に移って東京英和学校と改称しました。そして更に明治27年には更に青山学院の名前になりました。

この青山女学院と青山学院は全く独立した学校でしたが、昭和2年に両者は合同。ひとつの学校となりました。そして戦後の学制改革を経て、現在は、幼稚園・初等部・中等部・高等部・大学・女子短期大学・大学院を持つ総合学校法人となっています。

青山学院は戦前から東京を代表するミッションスクールの一つでした。そしてその自由な雰囲気とセンスのいい制服なども含めて、「アオヤマ」の名前は非常におしゃれな学生のシンボル、一種のあこがれのように扱われていたようです。


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