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360円の日(1949)

1949年4月23日、GHQは日本円とアメリカドルの交換レートを1ドル=360円と定めました。このレートは「スミソニアンレート」が採用された1971年まで22年間にわたって維持されました。

日本円とドルの交換比率は、明治初期には最初1ドル=1円と定められていましたが、その後実際にはドルのほうが力があるため次第に円安に動き、昭和初期には1ドルが3〜4円程度になっていたようです。それが戦後の超インフレで円の貨幣価値が大幅に下落したため、GHQとしては当時の実勢状況から、この程度であろうということで定めたようです。

360円という数字が選ばれた根拠についてはよく分かりません。「円」だから円周の度数というのはさすがに俗説と思いますが、やはりキリのいい所で選ばれたのではないでしょうか。

スミソニアン体制ができたきっかけは1971年8月15日にニクソン大統領が、金とドルの兌換を停止する宣言をしたいわゆる「ニクソンショック」です。その善後策を話し合うため、同年12月18日スミソニアン博物館に先進10ヶ国の蔵相が集まり、結局ドルを約7%切り下げ、各国の通貨との交換レートも見直しがなされることになりました。この時1ドル=308円というレートが定められます。

しかしこの体制はわずか2年で崩壊。オイルショックのあった1973年からは主要通貨の交換は為替交換の際に需要と供給のバランスで決められる変動相場制で処理されることになりました。この結果、ドル−円の相場は1973年に260円くらいまで高騰。翌年にはいったん300円程度に戻しますが、その後少しずつ上がって現在110円前後で落ち着いています。このおおまかな流れを書くと、下記のような感じです。

 300円 1974-1976270円 1977230円 1979-1981240-250円 1982-1985200円 1986150円 1987-1988 (1987.10.19=Black Monday)130円 1989150円 1990140円 1991130円 1992120円 1993110円 1994 90円 1995110円 1996 120円 1997 (アジア通貨ショック)130円 1998110円 1999-2000120円 2001 (2001.09.11 同時多発テロ)130円 2002110円 2003

なお、たとえば1ドル120円の状態から、1ドル100円の状態になるようなことを「円が高くなる」と言います。数字が減るのに「高い」と言われて混乱する人もいるのですが、たとえば1ドル120円の状態でアメリカ人が120円の日本のボールペンを買おうとしたら1ドルで済んでいたのが、1ドル100円になってしまうと、同じポールペンを買うのに1ドル20セント必要になる訳ですから、円の価値は上がっていることになります。

ですから輸出に頼っている企業は円高で苦しくなり、円安で利益が出ますし、原料等を輸入に頼っている企業は円安で苦しくなり、円高で利益が出ます。

為替が細かく変動する時に、多額の資金の円−ドルの交換を巧みにおこなうと、ただ両替しているだけで「為替差益」により巨万の富が転がり込んできます。が、為替相場の先を読むのは、企業の株式の先を読むのよりずっと難しいですからリスクの高い資金運用法になります。


(2004-04-23)

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