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秋田新幹線開業(1997)

1997年の3月22日、秋田新幹線が開業しました。

秋田新幹線のルートの大半は田沢湖線で、ここは在来線の基盤に新幹線規格 の「標準軌」(レール幅1.435m)を敷設し、従来の新幹線と同一規格の列車を 通しています。この方式は「ミニ新幹線」と呼ばれています。これに対して、 一部の整備新幹線で予定されている「スーパー特急」とは新幹線の基盤を作 って、取り敢えず在来線型の特急を走らせるものです。

日本の鉄道は明治時代に当初インドの規格を導入したため、標準軌よりも狭 い、「狭軌」(レール幅1.067m)でスタートしてしまいました。技術指導した イギリスも自分の植民地で多くこの規格を使っていたため、それで十分と思 っていたようです。当時の政府の担当者も「日本は国土が狭いからレール幅 も狭い方がいいでしょう」などという説明で納得してしまったといいます。

しかし、狭軌では、どうしてもそんなにスピードが出ないため標準軌に変え ようという構想が早い時期からあり、特に鉄道技監の島安次郎や東京市長な ども務めた後藤新平が積極的に推進したのですが、あと少しという所で政治 的圧力により潰され、実現しませんでした。

挫折した島や後藤は満州にわたり、ここで夢を実現します。満州鉄道も狭軌 でスタートしたのですが、標準軌にすべきという彼らの意志が通り大量人員 を動員して一晩の内に「せーの」で片方のレールを外側にずらし、標準軌の 鉄道に生れ変りました。満州鉄道ではこの標準軌のおかげで、国内の最速の 特急が越せなかった時速100kmの壁を破る時速130kmの特急を走らせました。

標準軌化構想が国内でやっと動き出したのは戦後のことでした。東京−大阪 間を結ぶ「新幹線」構想で、高速を出すためには標準軌は絶対必要という主 張が認められ、東海道新幹線が生まれました。これを指揮したのは島の息子 島秀雄でした。この時速250kmの鉄道構想は明治時代に既に論文になっていた ものだったのです。

この時、彼は国鉄総裁十河信二と共謀、日本の将来に新幹線は絶対必要との 使命感から、政府に提出する予算見積もりを本来必要な額の半分の数字に誤 魔化して認可を取りました。むろん予算の倍かかってしまった為、二人は責 任を取って辞任し、新幹線の開業を責任者として見届けることはできません でした。島秀雄はその後新幹線よりもっと速いロケットの開発に従事します。

現在、その東海道新幹線は山陽新幹線・東北新幹線・上越新幹線と延長され、 山形・秋田・長野へと腕がのびており、日本の大動脈になっています。

64年10月 1日 東海道新幹線 東京−新大阪 開業 72年 3月15日 山陽新幹線 新大阪−岡山 開業 75年 3月10日 山陽新幹線 岡山−博多 開業 82年 6月23日 東北新幹線 大宮―盛岡 開業 82年11月15日 上越新幹線 大宮−新潟 開業 85年 3月14日 東北・上越新幹線 上野−大宮 開業 90年 4月 1日 博多南線 博多−博多南 開業 92年 3月14日 のぞみ投入 92年 7月 1日 山形新幹線 福島−山形 開業 97年 3月22日 秋田新幹線 盛岡−秋田 開業 97年10月 1日 北陸新幹線 高崎−長野 開業


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