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甲山事件(1974)

1974年3月19日、兵庫県西宮市の、知恵遅れの子供たちの施設「甲山(かぶとやま)学園」で、浄化槽から2名の園児の遺体が発見されました。

一人は17日、もう一人は19日に行方不明になって、みんなで捜索していたものです。この事件で警察は一度同施設の保母・山田悦子さん(旧姓沢崎)を園児殺害の容疑で逮捕しますが、結局証拠不十分で釈放。

これに対して、山田さんは警察による不当な人権侵害であるとして国家賠償請求保証を起こします。そして検察庁もいったん不起訴の処分を発表するのですが、ここに検察審議会が「不起訴不当」の決議をおこないます。すると警察は再捜査を行い、事件から4年後の1978年、検察は山田さんを殺人罪で起訴しました。更には国家賠償請求の裁判で山田さんのアリバイを証言した同僚の保母と園長を偽証罪で起訴します。この時、死亡した園児を山田さんが連れだしたのを見たという園児5人の証言が根拠とされました。

一審の神戸地裁は7年の審理をかけて1985年無罪判決を言い渡します。(園長らの偽証罪の方も無罪)検察は控訴。ここで大阪高裁は1990年、審理不十分として一審に差し戻す判決を言い渡します。これに対して山田さん側は最高裁に上告しますが1992年棄却。そこで大阪高裁の判決通りに1993年一審の神戸地裁で再度やり直しの裁判が行われました。そして1998年、神戸地裁は再び無罪の判決を下します。

ここでマスコミをはじめとする世論は「これ以上の裁判は無意味」として検察は控訴をすべきでないという方向でしたが、まさに不当にも検察は大阪高裁に再度控訴。これに対してスピード裁判をという声に押された高裁は精力的に審理を進め、1999年控訴棄却の判決。これに対して検察もとうとう上告を断念。山田さんの無罪が確定しました。

それとともに園長らの偽証の無罪も確定、またこれ以上争いたくないとして、山田さんも国家賠償請求を取り下げ、甲山事件に関する全ての裁判は終結しました。

事件の争点は結局そもそもこれが事故なのか事件なのかという問題。死亡した園児を連れ出したのを見たという園児5人の証言の信憑性の問題などにありました。マスコミの山田さんに対する態度も何度も変わっており、一時期はかなり非好意的な報道で、ほとんど犯人扱いしていた時期もあります。また園児の証言の信憑性に関して「知恵遅れの子供の証言なんて意味があるのか?」などという差別的な報道も見受けられました。

25年もの裁判をやって、結局は二人の園児がなぜ死亡したのかという真相は闇の中。関係者にとってはいたたまれない思いでしょう。そしてこれだけの人生の時間をこんなことに費やされることになってしまった山田さんは気の毒としかいいようがありません。

この事件は物的証拠が極めて乏しく、公判の維持はかなり困難なものでした。死亡した園児の親御さんとしては納得がいかないとは思いますが、検察は最初の神戸地裁での無罪判決が出た時点で、もう控訴すべきではなかったのではないでしょうか。

それにしても裁判に時間がかかりすぎることも、この手の事件の被害を拡大しているように思われます。


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