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関西大震災(1995)

1月17日は防災とボランティアの日です。これは1995年の関西大震災を期に制定されました。

地震が起きたのは、1995年1月17日朝5時46分です。

当日5時26分が満月。冥王星は射手座入宮(18:58)の直前の29度59分、いわゆる「涙の度数」。火星も逆行して数日後には獅子座に戻る直前。金星と土星がスクェアを作るのがこの日の朝6:18、つまり直前。太陽と天王星が合になるのがこの日の朝9:23、これも直前。そしてこの時刻は日の出の40分ほど前でした。

震源地は 135.0E 34.6N 淡路島北部。マグニチュード7.2。直下型の地震であったため、局地的には震度が7に到達したところもありました。断層が走り、高速道路の高架が落下して、上を走っていた車は落下、下を走っていた車は潰されたりしました。ビルが崩れ、柱や家具にはさまれて脱出できない人々はそのあと起きた火事のために生きながら焼かれるまさに地獄の様相でした。

壊れた住宅24万、焼けた住宅6千、そして死者6430名、行方不明3名、負傷者4万人。

明治以降で4番目に死者の多い地震でした(1位1923関東大震災14万人,2位1896三陸沖地震21959人,3位1891濃尾地震7273人)が、現代のように防災体制が整備された中で起きた地震ということを考えれば、やはり最大級の地震であったということができるでしょう。

その日、私はテレビの画面に表示される死者・行方不明者数がものすごい勢いで増えていくのをもう唖然として眺めていました。なすすべもなく。。。

この地震の被災者を救うため、非常に多くの人々がボランティアとして神戸・淡路に入りました。

九州のおにぎり会社の社長は、車におにぎりロボットを積んで、たくさんのお米と水と燃料を持って現地に入り、大量の炊き出しをおこないました。外国からきた探索犬のチームが瓦礫の下に埋もれた人を探すために歩き回りました。有志でドライシャンプーを大量に持って現地に入りお風呂に入れない人たちに提供した人たちがありました。多くの人たちの支えによって、兵庫の人たちは力強く復興しました。

故に、この日1月17日は『防災とボランティアの日』なのです。

そして、この地震で亡くなった方たちに合掌。


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