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三池の炭鉱爆発事故(1963)

この1963年11月9日という日は大きな事故がふたつ続けて起きた日である。15時すぎにこの大牟田の三池炭鉱・三川鉱での爆発事故があり、21時すぎには東海道線鶴見駅で列車の衝突事故があった。鶴見駅の衝突事故も死者161名(重軽傷者120名)という大惨事であったが、この三池の爆発事故では死者458名のほか839名もの一酸化炭素中毒者を出しており、この事故に遭った人の中には38年たった今でもまだ入院中の人がいる。

炭鉱事故の怖さはそこで発生する一酸化炭素による中毒である。一酸化炭素はいったん血液中のヘモグロビンと結合するとなかなか離れないため、体内の酸素供給に支障が出て、特に酸素不足による脳機能の障害が残るのが怖い。

当時救出された人たちが運び込まれた病院で、ある家族は医師から「これ程大量の一酸化炭素を吸った例は見たこともないので、どの程度障害が残るかは正直見当もつかない」と言われたという。

炭鉱の中が火気厳禁なのは当然であるが、火がつきやすいような予備状態の発生はなかなか避けがたい。そこにトロッコの車輪とレールの間で発生した火花などが飛ぶと、それが大爆発を誘発する。またしばしば最初の事故が起きてから救護隊を結成して現場に向かった所で二度目の爆発が起きて救護隊員全滅などという悲惨な事態が起きる場合もある。

また当時は、何重もの安全対策が施されている現在と違って、まだ生産至上主義の思考が残っていた時代であった。その後燃料の主力が石炭から石油に切り替えられていく背景には、続発した炭鉱事故により経営者側が炭鉱運営の意欲を失っていたこともあるものと考えられる。

【戦後の主な北海道・九州の炭鉱事故】(他地域の資料が確保できていません)

1948.06 福岡 三菱勝田竪坑  ガス爆発  62 1950.10 山口 若沖      海水流入  32   .12 長崎 日鉄鹿町矢岳坑 ガス爆発  21 1954.02 熊本 久恒志岐    坑内出水  36   .08 釧路 太平洋     ガス爆発  39 1956.11 赤平 雄別茂尻    ガス爆発  60 1958.05 長崎 中興江口    坑内出水  29 1959 12 福岡 三菱新入六坑  ガス爆発  23 1960.09 福岡 豊州      川水流入  67 1961.03 福岡 上清      坑内火災  71   .03 福岡 大辻      坑内火災  23   .11 赤平 日炭福住    ガス爆発  20 1963.11 福岡 三井三池三川鉱 ガス爆発 458 1965.02 夕張 北炭夕張    ガス爆発  62 1965.04 長崎 日鉄伊王島   ガス爆発  30   .06 福岡 山野鉱業山野坑 ガス爆発 237 1968.07 夕張 北炭平和    坑内火災  31 1971.07 空知 住友歌志内   ガス突出  30 1972.11 石狩 石狩奈井江   ガス爆発  31 1977.05 空知 三井芦別    ガス爆発  25 1981.10 夕張 北炭夕張新鉱  坑内火災  93 1984.01 福岡 三井三池    坑内火災  83 1985.05 夕張 三菱南大夕張  ガス爆発  62

三池(福岡県大牟田市)は古い文書には三毛・御木などとも書かれ、色々な氏族が優勢になっていたが、江戸時代には東北地方から移ってきた立花家の領地になり、この時期塩田の燃料として石炭の採掘が始まったようである。「月が出た出た、月が出た」の歌詞でおなじみ炭鉱節にも歌われ、福岡県でも筑豊地域の炭鉱が次々と閉山される中、長崎の伊王島と並んで九州で最後まで採掘を続けた大炭鉱であった。

まだ石炭は大量にあるはずだが経営難により現在全ての炭鉱が閉山されている。


(2001-11-09)

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