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日劇ミュージックホール開場(1952)

昭和27年(1952)の3月16日、東京で日劇ミュージックホールのショーがスタートしました。以後ここは昭和59年(1984)3月24日に閉店するまで、コント55号やツービートを産んだ浅草フランス座と並び、多くの優秀なダンサーとコメディアンを輩出してきました。

設立したのは劇作家の丸尾長顕氏(1902?-1986.2.28)氏で、東宝の小林一三社長から「大人の見るショーを日本にも」と言われて創設したものだそうです。彼の美学は「女性が見てもいやらしいと思わない芸術的エロチシズム」ということでした。

日劇ミュージックホールの活動は3期に分けられるそうです。

第1期は昭和27〜33年くらいです。この時代の代表的なダンサーには伊吹まり、メリー松原、ヒロセ元美、ジプシー・ローズ、春川ますみ(メリー・ローズ,愛称ジャンボちゃん)、奈良あけみ、らがいます。トニー谷、関敬六、岡田真澄、E・H・エリックらがコントで活躍し、三島由紀夫が脚本を書いていた、まさに黄金時代でした。

第二期は三人娘といわれた小浜奈々子(昭和32〜47) 舞悦子(〜昭和52)朱雀さぎり(〜昭和57)がトップスターだった時代です。この時代には他にアンジェラ浅丘、水原まゆみ、松永てるほ、らも人気を博していました。特に小浜奈々子は「ヌード界のクィーン」と言われました。

第三期は昭和43年頃以降になるかと思います。この時代の最大のトップスターは岬マコ(昭和42〜)で、そのほか星ひとみ、マリア茉莉らのスターがいました。

なお、日劇ミュージックホールがあった場所は現在のマリオンの所ですが、劇団が解散する前の最後の数年間は東京宝塚劇場で公演を行っています。その頃は営業成績もさんざんだったようです。日劇ミュージックホールやフランス座といった正統派の鍛えられたダンサーが出演するショーよりも当時は歩き方も知らない素人娘を使って、生板など過激な演出をする所の方が客を集めていました。


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