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狭山事件(1963)

昭和38年5月1日、狭山市で当時高校1年の中田善枝さんが下校後行方不明になり、その夜20万円!!を要求する脅迫状が届きました。しかし身代金の受渡場所で警察は犯人を取り逃がす失態、善枝さんは4日になって遺体で発見されました。

捜査は難航しますが、23日になって警察は被差別部落の青年、石川一雄さんを別件で逮捕します。執拗な取り調べを続け、さらに6月17日に本件で再逮捕して7月9日強盗殺人罪で起訴しました。

1審で石川さんは犯行を認め、死刑判決が出ます。ところがその時点から石川さんは突如犯行を否認、「罪を認めれば10年で出してやると取調べの警官に言われた」と証言しました。しかし1審の段階まで本人が犯行を認めていた事実は重く2審は無期懲役に減刑されただけで昭和52年最高裁で上告棄却。刑が確定しました。

物的な証拠の乏しい事件で、唯一の証拠とされた石川さん宅で見つかった中田さんの万年筆が、実は最初の家宅捜索では見つからず、後で突然「自白により」台所のかもいから発見されたなど、事件は冤罪事件の様相を濃く現しました。石川さんはその後再審請求を続けながら服役、平成6年12月21日仮出獄しています。現在も再審の申請中ですが、認められるかどうかは微妙な所でしょう。

この事件では石川さんが被差別部落出身であったことから来る警察官の偏見が冤罪を生んだのではないかとして部落解放運動の関係者が石川さんを支援しており、また代用監獄の問題、見込みによる捜査の問題、自白偏重の問題など、種々の問題が、この事件に関して指摘されています。


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