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大洋デパート火災(1973)

1973年11月29日13時15分頃、改装工事をしながら営業中の熊本大洋デパートで火災が発生。買物客48名、従業員53名、工事関係者3名の合計104人が死亡する大惨事となりました。

出火したのは2階から3階に上がる階段の踊り場。積み上げてあったダンボールから火が出ているのを従業員が発見しましたが、手の施しようがありませんでした。そしてこの火が商品の寝具などに燃え移り、結局3〜8階を全焼。消えるまでに8時間を要しました。出火原因は分かっていません。

後日、適切な誘導がなかったことなどから、デパートの火元責任者と防火管理者の社員が業務上過失致死傷罪に問われて起訴されましたが、最高裁で無罪が確定しました。判決は、安全管理の責任は代表取締役が負うべきで、防火管理者にそこまでの責任はない、というものでした。

【国内の過去の主な火災】1932年12月 東京日本橋白木屋。死者14名。和服で下着をつけてないことを気にしてロープ脱出できなかった女性がいたということからズロース普及。1972年 5月 大阪ミナミ千日デパート。死者118名。深夜の火事であるが、ビル内のキャバレーにいたホステスや客らが死亡した。(玲子さんのマンガでも取り上げられてましたね)1973年11月 熊本大洋デパート。死者104名。歳末セールにごった返す店内が一転。1980年11月 栃木県、川治プリンスホテル。死者45名。死者の大半は老人会の旅行で宿泊していた老人たち。この火災を教訓に『適マーク』が生まれた。1982年 2月 東京千代田区ホテルニュージャパン。死者33名。横井社長のあまりに寒い防災体制に批判が集まる。

私はこの大洋デパートの火事の十数年ほど後、社会面にのった小さな記事を見て、無量の感に襲われました。

それは、小さなストリツプ劇場の火事のニュースでした。踊り子さんが数名焼け死んだのですが、その犠牲者の一人が、この大洋デパートの元従業員だったのです。

彼女は大洋デパートの火事では勤務中でしたが九死に一生を得ます。しかし結果的にはこの火事のため失業。いくつかの職業を転々としたあと、ストリッパーになったものです。折角大きな火事に遭って難を逃れたのに結局火事で死んでしまうとは。こういう人生があるのだろうか。私は合掌しました。


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