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痩せたソクラテス(1964)

1964年3月28日、東京大学の卒業式が行われ、大河内一男総長が卒業生に贈ることばの中で「太った豚より痩せたソクラテスになれ」と訓辞しました。

。。。。と書きたい所なのですが、実は大河内総長はこれを言っていません。

にも関わらず、当時の新聞ではこのように訓示したとして報じられてしまいました。なぜそういうことになってしまったかというと、この言葉は確かにスピーチの原稿には書かれていて、それが資料として報道各社に配られ、それを見た記者達が「これは名言だ」という訳で、報道に使用してしまったのです。ところが、総長本人はここを読み飛ばしてしまい(原稿が1枚脱落していたという説や、気が変わって飛ばしたという説などがある)、実際の卒業生たちはこの言葉は聞かなかったのでした。

なおこの言葉は今なら本質的でない部分で問題視されそうですが、ここでは意図だけを汲み取っておくことにしましょう。

なお東京大学は今年4月から「国立大学法人」東京大学になりますので、国立大学としての東京大学は今年が最後になりました。

1964年といえばまだ学生運動が激しかった頃で、1960年の安保闘争では東大生が1名死亡していますし1968年の東大卒業式は安田講堂の攻防で中止になっています。しかしそれでもやはり東大は日本最大の「官僚養成機関」としての役割は変わらず、東大を出て中央や地方の官僚になったり、NHKその他公的な企業や法人に入る人は多くあります。大河内総長の「太った豚より痩せたソクラテス」という訓辞(予定)も、そういう立場になる者は、誘惑に負けない清廉な存在でなければならないという趣旨のものでしょう。

むろん最初から「たくさん汚職して懐を肥やしてやろう」と官僚になる人は稀ですし、そういう人は案外逆にある意味で模範的な官僚になったりするものです。多くの人は最初はそんな誘惑ははねつけて、国民の為に頑張りたいと思って公務員になりますが、どこかで魔が差して闇の領域や愚鈍や無気力の領域に足を踏み入れてしまいます。

先日佐藤観樹元自治大臣(この人は早大卒ですが)の辞任報道の中で「貧(ひん)すれば鈍(どん)する」という言葉を使っていたニュースサイトがありました。やや使い方が違うのではないかという気もしたのですが、この言葉はしばしばむしろ「貧(ひん)すれば貪(どん)する」という意味合いで使用する人がよくあります。

東大卒の官僚といっても、最初からそれほどべらぼうに良い給料がもらえる訳ではありません。更には中年期になると家のローンや子供の教育費で家計が苦しくなる時期があります。そんな時に、ふと上手に誘惑されたり、うまく罠に嵌められたら。。。。。。

お金に余裕がない(と思っている)人ほど「鈍」して、本来なら迷い込むはずのない道に迷い込んでしまう場合があります。そして結果的には「貪」したようなことになってしまうのです。

そのような迷い道に立った時。自分だけでなく、家族も含めて、汚れた虚栄の生活より、清く分相応な生活の方を選択できるか。それはまさにその人の価値が定まる瞬間でしょう。

そもそも1代で財を築いた人はほとんど例外なく(財産形成過程では)分相応のお金の使い方しかしていません。


(2004-03-27)

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