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谷川王将が羽生6冠の挑戦を退ける(1995)

将棋の羽生善治は当時6冠を持っていました。

将棋のビッグタイトルは7つあります。名人・竜王・王将・棋王・棋聖・王位・王座です。これを羽生は下記のように取得して行きました。

1989年12月26日 初タイトルの竜王獲得(対島。翌年失位)1991年 3月18日 棋王獲得(対南)1992年 9月22日 王座獲得(対福崎)1993年 7月19日 棋聖獲得(対谷川) 8月18日 王位獲得(対郷田)1994年 6月 7日 名人獲得(対米長) 12月 9日 竜王再獲得(対佐藤)

そして当時谷川浩司が持っていた王将を奪取すれば、初の七冠棋士が誕生するとあって、この勝負は大いに注目されたのです。

勝負はまず第一局が1995年1月12日から13日にかけて彦根で行われ、谷川が先勝します。そして第二局を迎えるのですが、ここでとんでもないことが起きました。

1月17日の関西大震災です。

神戸に住んでいた谷川はこの地震で自宅が崩壊するなど多大な被害を受け、実際問題として、とても将棋どころではない状況になりました。普通なら、もうボロボロになって、残りの対局であえなく羽生に負けて王将位を献上してしまっていたところなのでしょうが、やはり谷川も並みの天才ではありませんでした。

そのどん底の精神状態の中で開き直りともいうべき境地を見いだし、谷川は信じがたいほどの集中力を発揮するのです。

23日から24日に掛けて日光で行われた第二局、羽生の急戦の誘いを受けて立った谷川は、厳しい羽生の攻めと巧妙な指し回しに翻弄されながらも一歩も譲らず、最後は絶妙手を繰り出して、わずか79手で羽生を投了させました。

これで谷川2連勝。結果的にはこの勝ちが大きかったようです。

羽生もさすがに負けてばかりはいないで、第三局・第四局を連取してタイに持ち込みますが、そのあと谷川が第五局、羽生が第六局を取り、最後3月23日から24日にかけての第七局は、いったん引き分けの後、すぐに行われた再戦で激しい闘いの末、谷川の勝ち。これで谷川は王将を防衛し、この年は羽生の7冠の夢はなりませんでした。

羽生が七冠に輝くのはその翌年(1996年2月14日)になります。

この1995年の王将戦で谷川が勝ったことから多くの人がやはり七冠は無理かと思ったのですが、その後1年、残る6つのタイトル全てを防衛し、また翌年谷川に挑戦した羽生もまた凄いところです。天才と天才の死力を尽くした闘いがそこにはありました。


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