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吉展ちゃん事件(1963)

1963年3月31日東京都台東区入谷町で当時4歳の村越吉展ちゃんが何者かに誘拐され、身代金を要求する電話がかかってきました。「戦後最大の誘拐」と言われた「吉展ちゃん事件」の発生でした。

事件の捜査は困難を極め、ようやく2年後1965年の7月になってやっと犯人逮捕に至りました。吉展ちゃんは結局誘拐された日の晩に殺されており、遺体は南千住の円通寺の墓地で発見され、現在その地には「吉展地蔵」が建っています。

犯人は小原保といい、裁判で死刑が確定、執行されました。その時国選弁護人を務めた土屋公献氏は後に日弁連会長を務めています。犯人の取り調べに当たったのは「落としの八兵衛」と言われた平塚八兵衛氏(1913年9月生,故人)で、後に警視まで昇進しました。平塚氏は警視庁捜査一課で「情け知らずの徳太郎」と言われた山川徳太郎元警部補と並び称される名物刑事でした。

この時は初めてテレビを使った公開捜査が行われ、吉展ちゃんの写真を画面で流して一般からの情報を求めました。多数の情報が寄せられたのですが中にはいたずら電話も多く、悪質ないたずら電話で捜査に支障をきたしたして2人が訴えられています。

犯人からの身代金要求の電話のテープも科学的な分析にかけられました。これを分析したのは東北大学の鬼春人教授で、声の調子から犯人の出身地を推定しました。

当時私は小学校に入るくらいですが、毎日のようにテレビが事件に関する情報を求める呼びかけをしていたのを記憶しています。そして世の親たちは皆子供に「知らない人についてってはだめよ。お菓子をあげるからついといで、などと言われてもついてってはだめよ」と言い聞かせていました。

この事件を契機に刑法も改正され営利誘拐を厳しく罰するようになります。


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