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アメフト最初の日(1874)

一説によれば1874年5月14日、初めてアメリカンフットボールの試合が行われたとされます。(15日という説もある)

対戦したのはハーバード大のチームとモントリオールのマックギル大学のチームでした。ただ当時は、どちらかというとラグビーに近いものであったようです。

アメリカにフットボール(日本とアメリカではこれを「サッカー」と呼ぶ)が紹介されたのは1867年であるとされています。始めたのはプリンストン大学で当時はサッカールールですがプレイヤーは25人でした。続いてラトガーズというところでもやはりサッカーを始めたのですが、プリンストン大学とはルールが異なっていました。両者は1869年11月6日に親善試合をおこないますが、この時にルールの統一を図り、ボールを持って走ることと投げてパスすることが認められました。しかしこの時はまだボールは丸いサッカーボールでした。

これ以降、このタイプのスポーツが各地の大学で盛んになります。ルールは少しずつ変わって行っているので、どれが最初の「アメリカンフットボール」かというのは難しいと思うのですが、1874年のハーバードvsマックギルの試合はかなりラグビーに近いものであったようです。

1880年にはチームの人数が11人とされ、1882年には3回以内の攻撃でボールを5フィート進めたらファーストダウンとして続けてその場所から攻撃を続けられる制度が導入されます。これによりアメフトは陣地の取り合いをするという、現在のアメフトに近いものになりました。(現在は4回以内の攻撃で10フィート進めばファーストダウン) 1883年には得点が次のように定められます。ゴールが5点 タッチダウン(最後まで陣地を奪った時)後のキック4点セーフティ(自分のエンドゾーン内で攻撃が停止してしまった場合)1点しかし翌年にはタッチダウンで4点、そのあとキックも決めたら2点と改訂されました。なお現在はゴール3点 タッチダウン6点 セーフティ2点タッチダウン後のキック1点・再タッチダウン2点となっています。

アメフトのルールはだいたい1912年頃までに固まっています。その後の大きな変更としては1945年にミシガン大学が始めた、攻撃と守備で選手をまるごと入れ替えてしまうという方式でしょう。これはいったん1953年に禁止されますが1965年に正式に許可されて、今日ではこれが普通になりました。

最初のボウルゲームであるローズボウルは1902年に始まっています。オレンジボウルが1933年、シュガーボウルが1935年です。アメフトのビッグゲームは試合をおこなう球場を器に見立ててボウル(bowl)といいます。ローズとかオレンジとかは、だいたいその土地の名産品を名前に取ったもので、これをまねて日本でもボウルゲームが導入された時、日本はやはりお米だろうということで、ライスボウルという名前が決まった経緯があります。

プロリーグのNFLが始まったのは1920年。今日では、アメリカでは野球の大リーグ、バスケットのNBAと並ぶ人気観戦スポーツとなっています。学生ではこの3つを掛け持ちする選手もしばしばおり、夏は野球、秋はアメフト、冬はバスケットというのが、彼らの毎年のスケジュールになっています。

一時期ハワイでアメフトの選手を盛んに日本の相撲にスカウトすることが行われていましたが、これはアメフトのラインの押し合いが、まさに相撲の押し合いと同じパターンであるからです。アメフトは専門職のゲームであり、選手の役割がきれいに別れています(背番号でも区分けされている)。大雑把にいうと、前方で押し合いをして陣地の奪い合いをするラインの選手と、ボールを投げてパスしたり持って走ったりするバックスの選手に分けられるのですが、ラインの押し合いはまさに体重と腕力の勝負になります。小錦・曙・武蔵丸クラスの人たちが5人並んで押して来られたら、軽いラインマンしかいなチームはもう体重だけで吹き飛ばされてしまいます。逆にバックスには小柄で素早いタイプの選手も多数います。


(2004-05-13)

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