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タイタニック事故(1912)

今から87年前の1912年4月14日23:40、北大西洋を航海中の豪華客船タイタニック号(46,000t)が巨大氷山と衝突、翌15日の2:20沈没しました。この時世界で初めて「SOS」の電信符号が使用されたといわれます。

このタイタニック号は当時の技術の粋を集めて作られた絶対に沈まないはずの船で、前年1911年の5月31日に進水、この事故はイギリスのサザンプトンからアメリカのニューヨークへ向かう処女航海中のできごとでした。乗客乗員は全部で2208人。この内1513人が死亡します。

この事故の生存者の最後の生き残りとなったのはイギリスのイーディス・ヘーズマンさんで1997年の1月20日に亡くなりました。100歳でした。

この事故はどんなに安全と思って作ったものでも設計時の予想を遙かに越える自然の脅威にさらされれば無事ではない、という今更ながらの自然の摂理を再確認させてくれるようです。

このタイタニック号についてひとつ怪しげなエピソードはこの船がエジプトのミイラの棺を運んでいたという話です。これはイギリスの大英博物館からニューヨークの博物館にこの船を利用して輸送される途中だったのですが、これだけ多数の死者を出したにも関わらずなぜかこの棺だけはきちんと回収され、アメリカに届けられています。この棺は現在はまた大英博物館に戻されているとのことです。

さて、この船に一人だけ日本人が乗り込んでいました。鉄道院副参事の細野正文氏(当時41歳)で、鉄道事業研究の為ロシアに留学してヨーロッパ経由で帰る途中でした。事故当時遺書も書いたようでそれが現存しているようですがとにかくも九死に一生を得て同年6月に帰国、その後数年して子供の細野日出臣氏が生まれます。

これが実はミュージッシャンの細野晴臣氏のお父さんで、もしこの事故で正文氏が死亡していたらYMOはなかったことになります。

なお、細野正文氏について、以前彼が無理矢理割り込んで救命ボートに乗ったのではないか、という噂が流れたことがありますが、その後、それは別の東洋人であったことが証明され、細野氏の名誉は回復しています。


(1999-04-13)

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